第40話
「みかんは現場に戻る気ないの?うちにくる?」
「おもしろいこというわね。徳川の大奥みたい。もとカノの見受けするって」
私はカッカッカと笑った。
「慰謝料くれるのかしら」
「俺から去ったのはみかんじゃない、こっちが慰謝料ほしいくらいだよ」
「アンタ、もてまくってたから」
客のようで客でない、この男。
中年太りはさけられなかったが、金、持ってるし、声音も優しいし、人の悪口はいわないし、大抵の女は寄ってくる。
愛人はいわずもがな、いる。
「なに?愛人とうまくいってないの」
「バカ言うなよ」
「じゃ奥さんと?」
「別に、普通の家族」
「じゃ、何よ」
「なんか足りないんだよね」
吉崎は両目を寄せてワインを見つめ、グラスをくゆらせた。
「食べなさいよ、せっかく作ったんだから」
「お、そうだった…うん、旨い」
「お世辞はいいから、おなかになんか入れないと翌日が怖い」
オリーブオイルのついた生ハムを小奇麗に口へ運び、口内で軽く押してワインで流す。
「これがないんだよね、この旨味が」
「ナに?奥さんとか、愛人とか、料理してくれないの?」
やつ、またあの目をした。男の孤独を醸し出す、あの寂しそうな目。
よく、この目で誘ってた。
すべて満たされてると、足りないものを探し出して、むりくり悩みにして、女に聞いてもらって、そっか、そっかとこちらに思わせて、同情を誘って手籠めにする方法。
女の包容力と母性を逆手にとった恋愛戦略。
吉崎、そういう所が嫌いだよ…
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