るつぼ
おっさん
第1話
「コラぁ、ここで商売はダメだっていったでしょう」
ミカンは上客にまとわりつく、明海を叱った。
「ほら、もう帰んなさい。馬淵さんも奥さんに叱られるわよ」
氷はだいぶ小さくなって、水滴がコースターの絵文字を滲ませている。
「いいじゃん、そんな飲んでないでしょー。馬淵さん、外で飲みなおそうよ」
明海が指を絡めながら、男に肩を寄せた。
換気扇のカタカタ揺れる音が、有線の音楽とぶつかっている。
看板から30分も過ぎた。
ミカンは空気を入れ替えるために、入口を開けて、ストッパーで止めた。
常連の二人はそれが、さっさと帰れ、の合図だと知っているのに、まだ密接をやめない。
「いいじゃん、ミカンねぇ」
「ダメ、タクシー呼ぶからね」
かまわず、固定電話の数字を押した。
「ご主人の命令とあらば、仕方ないですなぁ」
隣町で不動産屋を営む小金持ちの馬淵は、70を過ぎているのに欲の塊みたいな脂ぎった額をしている。ありがちの禿はなく、ゆたかで太い白髪にはびっしり昭和のポマードがつけてあって、その古臭い香りをまき散らし、豪快に芋焼酎をロックであおる。
一方の明海は年齢不詳だが、おそらく35は過ぎている。店には28だとかうそをいって、せっせと男の身体を洗いながら遅い春を売り続けている。
「恋愛に年の差はないって」
「バカ」
二人のコップを取り上げ、シンクに置き、調度、馬淵のタクシーが来たところで換気扇を止める。
「そいじゃ、ごちそうさま。あ、これ」
馬淵がそういって、1万円札を2枚置こうとしたところに、
「こんなにいらないの、二人で1枚でいい」
「いやぁ、だって、ボトルキープ」
「いらない、いらない」
「あ、じゃ、私が」
ミカンは札を取ろうとした明海の手をパンと叩いた。
「早く、迎え呼びなさいよ」
「しょうがないね。わかったよ。ねえさん」
明海はスマホを取り出し、ダラダラとメールを打った。
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