第34話

しかしやはり、


「バカな、冗談じゃないよ」


と口にした。


三谷はフフっと、もらした。

「俺ってバカだよな。会社やめて、学歴も金もブランドも全部捨てて、びんぼう八百屋やってるんだから。あいつが就いてくるわけがない。な、そうだろ。おんな目線ってそうだろ」


「いや、どうだか」


「じゃ、おまえ、俺みたいな男と結婚するのかよ」

「仮定不能を仮定したって、答えはないよ」

「無理くり、仮定したらどうなる」


「じゃ、いうけど。そんなことより相性なんじゃないの。その外側の、ブランドがどうのとか。生活の相性はあんたと私で合うわけないじゃない、私みたいな酒飲みの贅沢好きが」


アカデミズムから離れ開眼したようにみえて、女がからむと結局、過去の自分のコロモに拘る。捨てたようにみえながら、頼りがいのある男、にこだわっているな。

だったら最初から、もうちょっとおとなしい女と結婚しろよ。


「まあ、茶でも飲んで」


ポットを十分、傾けて、カップを満たした。


理系の閉じこもり系だったのに、店をひらいて、オレが主語になるほどぞんざいな口の利き方をするようになったのに。


やはり理系オタクの根に持つタイプに里帰りしたのか。


「ここ1年は触ってもいない」

「なに、ヤラしてくれないってこと?」


そりゃ、浮気してるからね。

なんていうと、矛先がこちらに向かうから黙って茶をすすった。

三谷は独り言のようにずっとしゃべっていた。


私はそれを聞いて、お茶をくみなおして、3回もトイレに行った。

彼は、泣いたり笑ったり、滑稽なくらいへんちくりんな表情を繰り返した。

ただ全部がようは妻への愚痴と恨み言であった。

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