③
「わあっ……!」
色とりどりのお洋服に、形も大きさも様々な鞄や靴。
並べられた品々は、どれも私に馴染みのない素敵なものばかり。
一歩、店内に踏み入った途端に、思わず溜め息が零れてしまった。
「すごい。私、初めてこんなお店に入りました!」
「普段、贅沢な暮らしは出来ないだろうからな。ゆっくり見ていくといいぞ」
「はい! ありがとうございます!」
カナタさんの言葉に甘えて、私は、お店を隅から隅までじっくりと見て回っていた。
普段は着られないような素敵なお洋服を、緊張しながら手に取ったり、鏡の前でこわごわと合わせてみたり。
そんなことをしながら、私が最後に見に行ったのは、お店のショーウィンドウ。
そこに飾られた、真っ白なワンピースの前だった。
「(やっぱり、いつ見ても綺麗……)」
真っ白な、レース地のワンピース。
春や夏あたり――ちょうど、今のこの季節に着るのにぴったりな具合のワンピース。
清潔感があって、可愛いけれどシンプルでちょっと大人っぽい、素敵なお洋服。
こんな服を、私も着られたらなあ。
このお店の前を通りかかる時は、いつも、そんな思いでショーウィンドウを眺めていたっけ。
何だか気が引けるからと、お店に入ったことはなかったけれど、こんなに間近で見られる日が来るなんて。
カナタさんに連れてきてもらえて、本当によかった――そう思っていたところへ、
「おっ、どうした? その服が気になるのか?」
カナタさんが、ひょっこりと顔を出した。
「あ、カナタさん」
「ふむ、白いワンピース……いいな! お前によく似合いそうだ!」
私の視線の先にあったワンピースを見て、カナタさんは朗らかに笑う。
似合いそう、かなあ。
本当に、そうだったらいいんだけれど。
気付かれないように、そっと溜め息をついた時。
「そんなに気になるなら、試着させてもらったらどうだ?」
ふと、カナタさんが、そんなことを提案してきた。
「えっ!? い、いいですよ! せっかく試着させてもらっても、買えないのに……」
「なあに、気にするな。すみません、店員さん!」
「はい。いかがなさいましたか?」
カナタさんは、近くにいた店員さんを呼びつけると、ワンピースを指さして言う。
「このワンピースを、彼女に試着させてやってはくれないか?」
「かしこまりました。そのほか、ご試着を希望されるものはございますか?」
「そうだな。それじゃあ、これと……それから、これを」
そう言ってカナタさんが選び取ったのは、茶色い革のサンダルと、白いリボンの巻き付いたカンカン帽。
店員さんはにこりと笑って、「かしこまりました」と、私を試着室へ案内してくれた。
「か、カナタさん!」
「なに、いいじゃないか。せっかく来たんだから、試着くらいさせてもらえ」
「でも……」
口ごもる私に、カナタさんは、困ったように笑って、私の目を覗き込んでくる。
「俺が、めかしこんだお前を見て見たいと言っても、駄目か?」
「……う」
ねだるような目つきで見つめられて、思わずうなってしまう。
カナタさん、それは狡いですってば。
あなたのお願いを私が断りたくないんだって、嫌と言うほど分かっているくせに。
「……着てみる、だけなら」
私はそう呟いて、さっと試着室の中に引っ込んだ。
店員さんから手渡されたワンピースに袖を通し、サンダルを履いて、カンカン帽を被る。
カナタさんに見せる前に、一度、自分でもどんな感じか確認しておこう。
そう思って、試着室の姿見を見た瞬間。
「……わあっ」
溜め息と、弾んだ声とが、いっぺんに口から飛び出した。
ふわふわとしたシルエットのワンピースは、実際に着てみると私の体型にぴったりで、レースを惜しげもなく使っていることも相まって、シンプルなのにこの上なく可愛らしい。
編み上げになっている革製のサンダルは、濃い色味で足元を引き締めて見せてくれるし、カンカン帽は、ワンピースやサンダルと合わさって、全体的に爽やかな印象を持たせてくれる。
思っていた以上に、カナタさんの小物選びのセンスが良くて、舌を巻く。
どうしよう。実際にこうやって着てみたら、余計に欲しくなってきてしまった。
「メリー、どうだ? 着られたか?」
ふと、試着室の外から、カナタさんの呼ぶ声がする。
「あ、はい! 大丈夫です」
「そうか。開けてみてもいいか?」
「はい。どうぞ」
私が答えると、シャッとカーテンが開けられ、店内の風景が視界に広がる。
そして、私の目の前には、
「……っ」
息を詰まらせて、まじまじと私を見る、カナタさんの姿があった。
「ど、どうですか?」
ワンピースの裾を少し摘まんで持ち上げて、おずおずと聞いてみる。
カナタさんは、頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと私を見つめたあと、ほんの少しだけ顔を赤くして、笑った。
「メリー」
「は、はい」
「よく似合っているぞ。……ものすごく、可愛い」
「……っ、」
思わず、息を呑む。
……どうして、そこで顔を赤くしちゃうんですか。
可愛い、なんて、照れながら言わないでくださいよ。
期待、しちゃうでしょう?
「あ、……ありがとうございます」
言いたいことがいっぱいあるのをこらえて、私は、小さく頭を下げる。
カナタさんは満足そうに笑うと、さっきの店員さんに声をかけた。
「店員さん。今彼女が試着しているものを、全て買わせてほしい」
「っええ!?」
カナタさんの言葉に、思わず悲鳴みたいな声を上げてしまう。
それはそうだ。
だって、全身フルコーデお買い上げなんて、どれだけ値が張ることか。
「か、カナタさん、何考えてるんですか!? 駄目ですって!」
「む、何故だ?」
「何故ってそんな……」
そりゃあ、カナタさんのお給金を吹っ飛ばすのが申し訳ないからですよ。
私がそう言わんとしているのを察してか、カナタさんは一言、すぱんと言い切った。
「ずっと、こうしてみたかった。俺の夢だったんだ。お前を、こうしてとびきり着飾ってやるのが」
夢?
私を着飾ることが、カナタさんの――夢?
「だから、こうさせてほしいんだ。お前をこうして着飾らせて、一緒に街を散歩してみたいだなんていう、ささやかな我儘を、叶えさせくれないか?」
「そ、れは」
無意識に、ぎゅっと、胸元で手を握り込む。
こんなお買い物をしている時点で、全然ささやかじゃないとは思う。
それでも、孤児院にいた頃から、滅多に我儘を言ったことのないカナタさんのお願いとあらば、叶えてあげたいのだって、紛れもない事実で。
「……本当に、いいんですか? 全部、いただいちゃっても」
「ああ。遠慮しないで、もらってやってくれ」
店員さんに代金を差し出しながら、鷹揚に頷くカナタさん。
それを見て、私はようやっと、彼の厚意を受け取る決心をした。
「……ありがとうございます、カナタさん」
憧れだった、真っ白なレースのワンピース。
いつも、このお店の前を通りかかるたびに見つめるだけだった、憧れの象徴。
ずっとずっと、大事にします。
そんな気持ちを込めてお礼を言えば、カナタさんは、喜色満面の笑みを浮かべた。
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