「わあっ……!」


 色とりどりのお洋服に、形も大きさも様々な鞄や靴。

 並べられた品々は、どれも私に馴染みのない素敵なものばかり。

 一歩、店内に踏み入った途端に、思わず溜め息が零れてしまった。


「すごい。私、初めてこんなお店に入りました!」

「普段、贅沢な暮らしは出来ないだろうからな。ゆっくり見ていくといいぞ」

「はい! ありがとうございます!」


 カナタさんの言葉に甘えて、私は、お店を隅から隅までじっくりと見て回っていた。

 普段は着られないような素敵なお洋服を、緊張しながら手に取ったり、鏡の前でこわごわと合わせてみたり。

 そんなことをしながら、私が最後に見に行ったのは、お店のショーウィンドウ。

 そこに飾られた、真っ白なワンピースの前だった。


「(やっぱり、いつ見ても綺麗……)」


 真っ白な、レース地のワンピース。

 春や夏あたり――ちょうど、今のこの季節に着るのにぴったりな具合のワンピース。

 清潔感があって、可愛いけれどシンプルでちょっと大人っぽい、素敵なお洋服。

 こんな服を、私も着られたらなあ。

 このお店の前を通りかかる時は、いつも、そんな思いでショーウィンドウを眺めていたっけ。


 何だか気が引けるからと、お店に入ったことはなかったけれど、こんなに間近で見られる日が来るなんて。

 カナタさんに連れてきてもらえて、本当によかった――そう思っていたところへ、


「おっ、どうした? その服が気になるのか?」


 カナタさんが、ひょっこりと顔を出した。


「あ、カナタさん」

「ふむ、白いワンピース……いいな! お前によく似合いそうだ!」


 私の視線の先にあったワンピースを見て、カナタさんは朗らかに笑う。

 似合いそう、かなあ。

 本当に、そうだったらいいんだけれど。

 気付かれないように、そっと溜め息をついた時。


「そんなに気になるなら、試着させてもらったらどうだ?」


 ふと、カナタさんが、そんなことを提案してきた。


「えっ!? い、いいですよ! せっかく試着させてもらっても、買えないのに……」

「なあに、気にするな。すみません、店員さん!」

「はい。いかがなさいましたか?」


 カナタさんは、近くにいた店員さんを呼びつけると、ワンピースを指さして言う。


「このワンピースを、彼女に試着させてやってはくれないか?」

「かしこまりました。そのほか、ご試着を希望されるものはございますか?」

「そうだな。それじゃあ、これと……それから、これを」


 そう言ってカナタさんが選び取ったのは、茶色い革のサンダルと、白いリボンの巻き付いたカンカン帽。

 店員さんはにこりと笑って、「かしこまりました」と、私を試着室へ案内してくれた。


「か、カナタさん!」

「なに、いいじゃないか。せっかく来たんだから、試着くらいさせてもらえ」

「でも……」


 口ごもる私に、カナタさんは、困ったように笑って、私の目を覗き込んでくる。


「俺が、めかしこんだお前を見て見たいと言っても、駄目か?」

「……う」


 ねだるような目つきで見つめられて、思わずうなってしまう。

 カナタさん、それは狡いですってば。

 あなたのお願いを私が断りたくないんだって、嫌と言うほど分かっているくせに。


「……着てみる、だけなら」


 私はそう呟いて、さっと試着室の中に引っ込んだ。

 店員さんから手渡されたワンピースに袖を通し、サンダルを履いて、カンカン帽を被る。

 カナタさんに見せる前に、一度、自分でもどんな感じか確認しておこう。

 そう思って、試着室の姿見を見た瞬間。


「……わあっ」


 溜め息と、弾んだ声とが、いっぺんに口から飛び出した。


 ふわふわとしたシルエットのワンピースは、実際に着てみると私の体型にぴったりで、レースを惜しげもなく使っていることも相まって、シンプルなのにこの上なく可愛らしい。

 編み上げになっている革製のサンダルは、濃い色味で足元を引き締めて見せてくれるし、カンカン帽は、ワンピースやサンダルと合わさって、全体的に爽やかな印象を持たせてくれる。


 思っていた以上に、カナタさんの小物選びのセンスが良くて、舌を巻く。

 どうしよう。実際にこうやって着てみたら、余計に欲しくなってきてしまった。


「メリー、どうだ? 着られたか?」


 ふと、試着室の外から、カナタさんの呼ぶ声がする。


「あ、はい! 大丈夫です」

「そうか。開けてみてもいいか?」

「はい。どうぞ」


 私が答えると、シャッとカーテンが開けられ、店内の風景が視界に広がる。

 そして、私の目の前には、


「……っ」


 息を詰まらせて、まじまじと私を見る、カナタさんの姿があった。


「ど、どうですか?」


 ワンピースの裾を少し摘まんで持ち上げて、おずおずと聞いてみる。

 カナタさんは、頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと私を見つめたあと、ほんの少しだけ顔を赤くして、笑った。


「メリー」

「は、はい」




「よく似合っているぞ。……ものすごく、可愛い」




「……っ、」


 思わず、息を呑む。

 ……どうして、そこで顔を赤くしちゃうんですか。

 可愛い、なんて、照れながら言わないでくださいよ。

 期待、しちゃうでしょう?


「あ、……ありがとうございます」


 言いたいことがいっぱいあるのをこらえて、私は、小さく頭を下げる。

 カナタさんは満足そうに笑うと、さっきの店員さんに声をかけた。


「店員さん。今彼女が試着しているものを、全て買わせてほしい」

「っええ!?」


 カナタさんの言葉に、思わず悲鳴みたいな声を上げてしまう。

 それはそうだ。

 だって、全身フルコーデお買い上げなんて、どれだけ値が張ることか。


「か、カナタさん、何考えてるんですか!? 駄目ですって!」

「む、何故だ?」

「何故ってそんな……」


 そりゃあ、カナタさんのお給金を吹っ飛ばすのが申し訳ないからですよ。

 私がそう言わんとしているのを察してか、カナタさんは一言、すぱんと言い切った。


「ずっと、こうしてみたかった。俺の夢だったんだ。お前を、こうしてとびきり着飾ってやるのが」


 夢?

 私を着飾ることが、カナタさんの――夢?


「だから、こうさせてほしいんだ。お前をこうして着飾らせて、一緒に街を散歩してみたいだなんていう、ささやかな我儘を、叶えさせくれないか?」

「そ、れは」


 無意識に、ぎゅっと、胸元で手を握り込む。

 こんなお買い物をしている時点で、全然ささやかじゃないとは思う。

 それでも、孤児院にいた頃から、滅多に我儘を言ったことのないカナタさんのお願いとあらば、叶えてあげたいのだって、紛れもない事実で。


「……本当に、いいんですか? 全部、いただいちゃっても」

「ああ。遠慮しないで、もらってやってくれ」


 店員さんに代金を差し出しながら、鷹揚に頷くカナタさん。

 それを見て、私はようやっと、彼の厚意を受け取る決心をした。


「……ありがとうございます、カナタさん」


 憧れだった、真っ白なレースのワンピース。

 いつも、このお店の前を通りかかるたびに見つめるだけだった、憧れの象徴。

 ずっとずっと、大事にします。

 そんな気持ちを込めてお礼を言えば、カナタさんは、喜色満面の笑みを浮かべた。



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