旅人は無事に泊まりの許可をもらえたらしく、俺の目の前でキジュウロウさんの家に上がり込んでいった。


「キジュウロウさん、あいつのこと、泊めてやるんだな」

「ん? おお、タケルか。待っとったぞ」


 荷物を置きに行ったらしい旅人を見送ったキジュウロウさんが、俺に気付いて呵々かかと笑う

「何しろ、もう随分久しぶりに来てくださった旅人じゃからな。大歓迎じゃわい」

「大歓迎って。あいつ、ちょっと愛想悪くねえ?」

「なーにを言うか! 礼儀正しくて、ええお人じゃろうが」


 キジュウロウさんは、苦笑交じりに俺を一発ぽかりと小突いた。


「お前こそ、ここまで旅人さんを案内してきたんじゃろう。失礼をしとらんか?」

「してねえよ。それより、畑の手伝い! する約束だったろ?」

「おお、そうじゃった。今日は春キャベツを収穫しようと思ってな。この腕じゃあちと不便なんじゃ」


 そう言いながら、キジュウロウさんは俺を裏庭へ案内してくれた。

 裏庭の畑には、なるほど、立派に実った春キャベツが所狭しと実っている。


「よっし、やるかあ!」


 袖を捲って気合いを入れてから、俺は、収穫に取りかかった。

 外葉を広げて球を少し傾けて、株元を包丁で切ったら、足元にそっと転がす。

 四つか五つくらい溜まったら、まとめて抱えて縁側へ。

 それらの作業を何回か繰り返したところで、裏庭に誰かが回ってくる気配がする。

 そっちを見れば、全身黒ずくめの旅人が、あの棺を下ろして身軽になった姿で現れた。


「やあ、さっきはありがとう」

「ども」


 俺が会釈をすると、旅人は、俺の隣にしゃがみ込んだ。


「村長から、君がここで手伝いをしていると伺ってね。よければ、私も手伝っていいかい?」

「別に。勝手にすればいいんじゃねえ?」

「そうか」


 俺の言葉に頷くと、旅人は、外套の裾が汚れるのも気にせずに、キャベツの収穫を始めた。

 そんな旅人を見ていて、俺はふと気にかかった。

 ――こいつは一体どこから来て、この村に来るまでに、どんな景色を見てきたんだろう?


「なあ、旅人さん」

「何だい?」

「良かったらさ、あんたの話、聞かせてくれよ。旅の話」


 俺の言葉に、旅人は少し考えて、ふっと表情を和らげる。


「いいよ。私なんかの話でよかったら」


 それから、旅人は、それまでの旅路の話を聞かせてくれた。

 森の中の小さな村で、吸血鬼に間違えられて大騒ぎになった話だとか。

 雪原の真ん中にある集落で、オーロラとかいう光のカーテンを見た話だとか。

 喫茶店の文化が栄える街で、小さな店主マスターが営んでいるという店を訪れた話だとか。

 観光地として有名な公国の港町で、愉快な住人たちと楽しい日々を共にした話だとか。


 それは、旅人が巡ってきた、俺が知らないたくさんの世界の話。

 旅人の長い語りを聞く時間は、思っていたよりもずっと、濃密な時間で。


「(俺もいつか、村の外の世界を見てみたい)」


 俺にそう思わせるには、十分な時間だった。


 そのお礼にと、今度は、俺がこの村や、俺自身の話をした。

 村に住んでいる人たちのこと。

 みんな宴や祭りが好きで、年がら年中何かにつけて祝い事をしていること。

 俺の家は、代々、祝い事の時に奉納する舞を受け継いでいるのだということ。

 数ヶ月前に、山を越えた先にある国で武術の大会に出るために、初めて村を離れたこと。


 旅人は、基本的には黙って頷きながら――時折「そうか」と相槌を打って、俺の話を聞いてくれた。

 その顔は相変わらず無表情だったけれど、俺には心なしか、旅人が楽しそうにしているようにも見えたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る