②
旅人は無事に泊まりの許可をもらえたらしく、俺の目の前でキジュウロウさんの家に上がり込んでいった。
「キジュウロウさん、あいつのこと、泊めてやるんだな」
「ん? おお、タケルか。待っとったぞ」
荷物を置きに行ったらしい旅人を見送ったキジュウロウさんが、俺に気付いて
。
「何しろ、もう随分久しぶりに来てくださった旅人じゃからな。大歓迎じゃわい」
「大歓迎って。あいつ、ちょっと愛想悪くねえ?」
「なーにを言うか! 礼儀正しくて、ええお人じゃろうが」
キジュウロウさんは、苦笑交じりに俺を一発ぽかりと小突いた。
「お前こそ、ここまで旅人さんを案内してきたんじゃろう。失礼をしとらんか?」
「してねえよ。それより、畑の手伝い! する約束だったろ?」
「おお、そうじゃった。今日は春キャベツを収穫しようと思ってな。この腕じゃあちと不便なんじゃ」
そう言いながら、キジュウロウさんは俺を裏庭へ案内してくれた。
裏庭の畑には、なるほど、立派に実った春キャベツが所狭しと実っている。
「よっし、やるかあ!」
袖を捲って気合いを入れてから、俺は、収穫に取りかかった。
外葉を広げて球を少し傾けて、株元を包丁で切ったら、足元にそっと転がす。
四つか五つくらい溜まったら、まとめて抱えて縁側へ。
それらの作業を何回か繰り返したところで、裏庭に誰かが回ってくる気配がする。
そっちを見れば、全身黒ずくめの旅人が、あの棺を下ろして身軽になった姿で現れた。
「やあ、さっきはありがとう」
「ども」
俺が会釈をすると、旅人は、俺の隣にしゃがみ込んだ。
「村長から、君がここで手伝いをしていると伺ってね。よければ、私も手伝っていいかい?」
「別に。勝手にすればいいんじゃねえ?」
「そうか」
俺の言葉に頷くと、旅人は、外套の裾が汚れるのも気にせずに、キャベツの収穫を始めた。
そんな旅人を見ていて、俺はふと気にかかった。
――こいつは一体どこから来て、この村に来るまでに、どんな景色を見てきたんだろう?
「なあ、旅人さん」
「何だい?」
「良かったらさ、あんたの話、聞かせてくれよ。旅の話」
俺の言葉に、旅人は少し考えて、ふっと表情を和らげる。
「いいよ。私なんかの話でよかったら」
それから、旅人は、それまでの旅路の話を聞かせてくれた。
森の中の小さな村で、吸血鬼に間違えられて大騒ぎになった話だとか。
雪原の真ん中にある集落で、オーロラとかいう光のカーテンを見た話だとか。
喫茶店の文化が栄える街で、小さな
観光地として有名な公国の港町で、愉快な住人たちと楽しい日々を共にした話だとか。
それは、旅人が巡ってきた、俺が知らないたくさんの世界の話。
旅人の長い語りを聞く時間は、思っていたよりもずっと、濃密な時間で。
「(俺もいつか、村の外の世界を見てみたい)」
俺にそう思わせるには、十分な時間だった。
そのお礼にと、今度は、俺がこの村や、俺自身の話をした。
村に住んでいる人たちのこと。
みんな宴や祭りが好きで、年がら年中何かにつけて祝い事をしていること。
俺の家は、代々、祝い事の時に奉納する舞を受け継いでいるのだということ。
数ヶ月前に、山を越えた先にある国で武術の大会に出るために、初めて村を離れたこと。
旅人は、基本的には黙って頷きながら――時折「そうか」と相槌を打って、俺の話を聞いてくれた。
その顔は相変わらず無表情だったけれど、俺には心なしか、旅人が楽しそうにしているようにも見えたんだ。
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