③
「やけに遅かったな、メリー」
私がカナタさんのもとに着くと、彼は
それを受け取って、軽くグラスを打ち鳴らしたあと、私はカナタさんの言葉に答える。
「ちょっと、旅人さんと話し込んでしまって」
「そうか。…………」
私の言葉に、カナタさんは少しの間黙り込んで、一口炭酸水を飲む。
しばらく、そのまま無言の時間が続いて、何となく気まずくなってきた頃。
「……彼と、何を話し込んでいたんだ?」
ぽつりと、カナタさんがそう呟いた。
何、って言われても……カナタさんのことが好きだとか、そんな話だったからなあ。
カナタさんには、ちょっと話しにくいかも。
「他愛もないことですよ。カナタさんに話すようなことでもないです」
そう言ってごまかせば、彼はむっとしたように頬をふくらませた。
「……俺には、言えないようなことなのか?」
その表情は、子どもっぽく拗ねているようでもあって、本気で怒っているようでもあって。
何というか――私が旅人さんと二人きりになっていたのを、あんまり快く思っていないみたいな。
私の勘違いでないなら、今のカナタさんは、そんな感じの顔をしていた。
「あの、カナタさん」
「何だ?」
「もしかして――嫉妬、してます? 旅人さんに」
冗談半分にそう聞いてみれば、カナタさんは、一瞬きょとんとして。
「なっ……そんっ……!」
それから、慌てたように言葉にもならない言葉を発したかと思うと、私からふいと顔を背けてしまった。
しばらくしてから、長い間をおいて、ぽつりと一言。
「…………悪いか」
その横顔は、茹で上がったかのように、耳まで真っ赤になっていた。
わあ、カナタさん、めちゃくちゃ照れてるじゃないですか。
旅人さんに嫉妬しているカナタさんが、なんだか可愛くて、それ以上に嬉しくて。
私はつい、彼をからかうように、こんなことを言ってみるのだった。
「旅人さんって、素敵ですよね」
「なっ……!?」
「大人の魅力っていうんですかね? ミステリアスな感じで、今まで会ったことのないタイプで、ちょっと見惚れちゃいます」
「む、むむ……」
ちょっと悔しそうに、カナタさんが頬を膨らませる。
ふふふ。妬いてる、妬いてる。
可愛いなあ、カナタさん。
でも、あんまりからかってあげるのも、ちょっと可哀想かなあ。
そう思って、私は、カナタさんの誤解を解くべく、言った。
「あーあ、私もいつか、あんな感じの、大人な女性になりたいなあ」
「…………は?」
ぽかん、という効果音がぴったりの表情で、カナタさんが声を上げる。
ちょっと間抜けな顔で私を見る彼に、思わず笑ってしまった。
「あははっ。やっぱりカナタさん、旅人さんのこと、男の人だと思ってたんですね?」
「そ、そうだが? え、は? 彼、いや、彼女、女性だったのか?」
「厳密には、男の人か女の人かは分からないんですけどね。私は、女の人じゃないかなって思ってますよ」
「じゃあ、メリーは別に、あの人に惚れては……」
「いません。素敵な人だなあとはちょっとだけ思いましたけど、あくまで憧れの範疇です」
「……はぁああああ……」
私の言葉に、盛大にため息をついてうずくまる、カナタさん。
帽子を脱いで、頭をわっしわっしと豪快に掻いて、呻き声を上げて。
何だか、ひどく苦しげにしているようにも見える。
「か、カナタさん? 大丈夫ですか?」
ど、どうしよう。
あんまり揶揄いすぎて、心が痛くなっちゃったのかな?
ちょっと心配になってきたところで、カナタさんが、ぽつりと呟く。
「……よかった」
よかった。
その、たった一言に、私の心臓は、大きく音を立てて跳ね上がった。
よかった、って。
それは、私が、旅人さんに惚れているわけではなかったことに安心したってこと?
もしもそうだったとしたら、どうして?
私が旅人さんを恋うているわけじゃないことに、どうして、カナタさんが安心するの?
ねえ、カナタさん。
それって、私――
「(期待しても、いいんですか?)」
そう言葉にする代わりに、私は、うずくまるカナタさんと視線を合わせた。
「カナタさん、ごめんなさい。ちょっとからかいすぎました」
「本当だ。心臓に悪いぞ」
「えへへ。カナタさんの勘違いが可愛くって、つい」
すねたように言うカナタさんの頭をそっと撫でると、彼はほんのちょっとだけまた頬を赤くして、それから、
「まったく、困った妹だ」
そんなことを、冗談めかして言う。
妹――か。
やっぱり、カナタさんにとって、私は、そうなんだ。
さっきの『よかった』っていう言葉に期待しちゃったのが、なんだか馬鹿みたい。
ちょっぴり苦笑する私の気も知らないで、カナタさんはゆっくりと立ち上がると、帽子を被り直した。
そして、気を取り直したように、「そういえば」と私をまっすぐに見つめてくる。
「メリー、明日は暇か?」
「え? はい。学校もお休みですし、孤児院の子たちのお世話さえなければ……」
明日、何かあったっけ。
そう思いながら答えれば、カナタさんは嬉しそうに笑う。
「なら、一日一緒に出かけないか? 明日は休暇を貰っていてな、折角だから、お前と過ごしたいんだ」
「……えっ」
私と?
もしかして、二人で――ってこと?
いや、でも、それはさすがに自惚れすぎじゃないかな。
「わ、私は、構いませんけど……あの、孤児院の他の子たちも、誘わなくていいんですか? それに、ユーノ君とカルロ君も」
「ああ、そうだな。孤児院のほうには、一度、無事に帰って来られたと挨拶に行きたいな。ユーノとカルロを誘っても楽しいだろう。だが――」
一拍。
「俺が明日、一日一緒にいたいのは。……メリー、お前だ」
そう言って私を見つめるカナタさんの目は、これ以上ないくらいに真剣なもので。
思わず、また、胸が高鳴る。
私と、一日一緒にいたいなんて。
さっきは『妹』なんて言ったくせに、そんなの、駄目だ。
そんなの、期待しちゃうじゃないか。
的外れな期待をしちゃいけないと必死で言い聞かせて――それでもやっぱり、本心は、「嬉しい」っていう気持ちでいっぱいで。
「え、えっと」
高鳴る胸を押さえながら、私は、カナタさんを見つめ返した。
「わ、私でよければ! お出かけさせてください。一緒に」
私の言葉に、カナタさんは目を輝かせて、それから、おひさまのように眩しい笑みを浮かべた。
「決まりだな! それじゃあ、明日、あいさつがてら孤児院まで迎えに行くぞ」
「はい。待ってますね」
そう言って笑い合う、私たち。
その様子を、ユーノ君とカルロ君、そして旅人さんが、揃って眺めていたことを、私は知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます