旅人と港町の仲間たちと迫る暗雲
①
いつもより、ずっと早い時間に目が覚めた。
というよりは、緊張して、全然眠れなかった――と言ったほうが、正しいのかもしれない。
カーテンを開けて、眩しい朝日を全身に浴びる。
窓際で囀る小鳥たちの声が、寝起きのぼんやりした頭にもはっきり聞こえてきた。
「……おはよう、小鳥さん」
ふにゃふにゃとそう呟いて、うんっと大きく伸びをする。
今日は、カナタさんと、一日一緒にお出かけする日だ。
着替えを済ませて、孤児院のすぐ隣の
「メリー、おはよう」
「神父様、おはようございます!」
教会の神父様に挨拶をすれば、彼はにこやかに笑った。
「昨日はよく眠れたかい?」
「はい! ……と言いたいところなんですけど」
「うん、緊張して眠れなかったってところかな? そんな顔してるよ」
神父様はくすくす笑って、私のもとへ歩いてくると、軽く頭を撫でてくれた。
それから、「そういえば」と思い出したように口を開く。
「今日は、カナタと一日出かけるんだったね?」
「はい! ごめんなさい、今日は、みんなのお世話は出来ないんですけど……いいですか……?」
少し申し訳なくなって、最後のほうは口の中でもごもごと呟く。
神父様は、そんな私に、「何を言っているんだい」と優しく笑ってくれた。
「メリーはいつも、自分の自由な時間を費やしてまで、子どもたちの遊び相手になってくれたり、私の手伝いをしてくれたりしているだろう? だから、メリーだって、たまには自分の好きなことをする時間を持っていいんだよ」
「神父様……」
「さあ、カナタが来る前に、朝ごはんにしよう。メリー、子どもたちを起こしてきてくれるかい?」
「はい!」
神父様に頭を下げて、私は
本当の弟妹のように可愛い子どもたち。彼らを起こしたら、みんなで一緒に朝ごはんだ。
食べ終わったら、神父様を手伝って後片付けをしよう。
それが終わった頃には、きっと、カナタさんが迎えに来てくれる。
ああ、楽しみだなあ。
どこへ連れて行ってくれるんだろう。
カナタさんとのお出かけへの期待で胸を膨らませながら、私は、弟妹たちの眠る部屋のドアを開けた。
†
『旅人さーん! おっはよーう!』
双子たちの、綺麗に揃った
目覚ましにしたって、あまりにも騒がしい。
あまりの大声にキーンと耳鳴りがするのを覚えながら、旅人はベッドの上で身を起こした。
「……おはよう」
「あれあれー? 旅人さん、あんまりお目覚めよろしくない感じ?」
ユーノが訊ねれば、カルロも旅人の顔をのぞきこんで、「わあ」と声を上げる。
「本当だ。目がしょぼしょぼしてるー」
「……朝は苦手なんだ」
旅人は、そう言ってベッドから抜け出すと、ドアの近くにいる双子のもとへ歩いて行った。
「ところで、二人は何の用だい?」
「朝ごはんができたから、呼びに来たんだ!」
「ユーノ君と一緒に作ったんだよ! お父さんもお母さんも、旅人さんのこと、待ってるよ!」
「そうか。それはすまないね。ありがとう」
『いえいえー! どういたしまして!』
旅人が礼を述べると、二人は揃って笑顔を浮かべた。
「俺たち、ダイニングで待ってるね! 行こう、カルロ君!」
「うん! それじゃあ旅人さん、あとでね!」
ユーノとカルロが騒がしく部屋の前を去っていったのを見計らい、旅人は、そっとドアを閉める。
そして、彼らの母親から借りた寝間着をゆっくりと脱ぎ、私服に着替えるのだった。
「すみません、お待たせしてしまいました」
すっかり、この家――ユーノとカルロが善意で泊めてくれた――を出る準備を済ませた旅人は、ひょっこりとダイニングに顔を出した。
「あらあ、旅人さん。おはよう」
「おはよう、旅人さん」
「お母様、お父様。おはようございます」
ユーノとカルロとは似ても似つかないおっとり加減で、彼らの両親が話しかけてくる。
旅人は帽子を取り会釈をし、背負っていた棺を部屋の片隅に置いて、その上にぽんと帽子をのせた。
「よく眠れたようで何よりだわ」
「おかげさまで。寝屋をありがとうございました」
「いいえ。大したお構いもできませんで」
「とんでもない。こんな素敵な朝食まで用意してくださったのに」
そう言って、旅人は、テーブルに並んだ朝食を見渡した。
こんがりと焼けた食パンに、黄身がつやめいて食欲をそそる
「はいはーい、お待たせー! 新鮮レタスとトマトのサラダだよー!」
「朝市で売ってた牛乳もあるよー!」
そこへ、ユーノとカルロが、サラダの入った大皿と、牛乳の入った人数分のグラスを運んで来る。
「ありがとうね、ユーノ、カルロ」
「いいってことー!」
「お客さんがいるから、張り切っちゃったー!」
母親に礼を言われて、照れくさそうにはにかみながら、二人は手早くサラダを取り分け、グラスを配る。
そうして二人がお決まりの椅子に座ったところで、二人の父親が、全員の顔を見回した。
「みんな揃ったな。それじゃあ、まずは食事前の祈りを」
そう言い、ユーノとカルロの父親が、静かに手を合わせる。
それに倣って、ユーノも、カルロも、母親も、揃って手を合わせた。
旅人は、その様子を黙って見つめたあと、少し遅れて手を合わせる。
神よ、我らに日ごとの糧を与えてくださることに、感謝します。
我らの糧となってくださる、全ての命に感謝します。
そうして短い祈りを済ませたあと、5人はそろって朝食を食べ始めた。
それは、とても賑やかでありながら穏やかで。
日頃、長い旅路の中で常に気を張っている旅人にとって、心の安らぐ時間だった。
「そういえば、旅人さん、今日は暇?」
食事の後片付けを手伝いながら、ユーノが訊ねてくる。
「ああ、特にこれといって予定はないよ。どうかしたのかい?」
旅人が問い返すと、カルロが楽しげに笑みを浮かべた。
「だったら、俺たちと一緒に街へ行こうよ! 観光案内、してあげるから!」
「そうそう! 双子ガイドと行く、ブランポールぶらり歩き! 楽しさは保証するよ!」
「何だい、それは」
旅人はくすくすと笑いながら、ユーノが洗い上げた食器を拭いて、カルロへ手渡していく。
これくらいのことはしないと申し訳ないからと、半ば無理やり手伝わせてもらっているのだ。
「けれど、いいのかい? 今日は、メリーやほかの友達とは会わないのか?」
「うん! 今日は俺たちも、なーんにも予定ないし!」
「それに、メリーは……ねえ?」
「……ああ、そうだったな」
食器を戸棚に仕舞っていくカルロの、にやにや笑う様子を見て、旅人は思い出した。
昨日、海軍の帰港記念パーティーの会場で、メリーが、カナタと街へ出かける約束をしていたことを。
「しかし、そうなると、二人とうっかり鉢合わせないかが気がかりだな」
旅人の言葉に、ユーノとカルロはいたずらっぽく顔を見合わせて笑う。
「そこはほら、ねっ? ユーノ君」
「だよねだよね、カルロ君!」
一拍。
『二人をこっそり尾行して、出歯亀すればいいんだよ!』
その言葉に、旅人は呆れ返って額に手を当てた。
本当に、この二人について行って大丈夫だろうか――そんな、一抹の不安を覚えながら。
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