旅人と港町の仲間たちと迫る暗雲

 いつもより、ずっと早い時間に目が覚めた。

 というよりは、緊張して、全然眠れなかった――と言ったほうが、正しいのかもしれない。

 カーテンを開けて、眩しい朝日を全身に浴びる。

 窓際で囀る小鳥たちの声が、寝起きのぼんやりした頭にもはっきり聞こえてきた。


「……おはよう、小鳥さん」


 ふにゃふにゃとそう呟いて、うんっと大きく伸びをする。

 今日は、カナタさんと、一日一緒にお出かけする日だ。




 着替えを済ませて、孤児院のすぐ隣の大聖堂カセドラルでお祈りを捧げていると、この教会の神父様(孤児院の院長先生でもあるんだ)が声をかけてきた。


「メリー、おはよう」

「神父様、おはようございます!」


 教会の神父様に挨拶をすれば、彼はにこやかに笑った。


「昨日はよく眠れたかい?」

「はい! ……と言いたいところなんですけど」

「うん、緊張して眠れなかったってところかな? そんな顔してるよ」


 神父様はくすくす笑って、私のもとへ歩いてくると、軽く頭を撫でてくれた。

 それから、「そういえば」と思い出したように口を開く。


「今日は、カナタと一日出かけるんだったね?」

「はい! ごめんなさい、今日は、みんなのお世話は出来ないんですけど……いいですか……?」


 少し申し訳なくなって、最後のほうは口の中でもごもごと呟く。

 神父様は、そんな私に、「何を言っているんだい」と優しく笑ってくれた。


「メリーはいつも、自分の自由な時間を費やしてまで、子どもたちの遊び相手になってくれたり、私の手伝いをしてくれたりしているだろう? だから、メリーだって、たまには自分の好きなことをする時間を持っていいんだよ」

「神父様……」

「さあ、カナタが来る前に、朝ごはんにしよう。メリー、子どもたちを起こしてきてくれるかい?」

「はい!」


 神父様に頭を下げて、私は大聖堂カセドラルをあとにする。

 本当の弟妹のように可愛い子どもたち。彼らを起こしたら、みんなで一緒に朝ごはんだ。

 食べ終わったら、神父様を手伝って後片付けをしよう。

 それが終わった頃には、きっと、カナタさんが迎えに来てくれる。

 ああ、楽しみだなあ。

 どこへ連れて行ってくれるんだろう。

 カナタさんとのお出かけへの期待で胸を膨らませながら、私は、弟妹たちの眠る部屋のドアを開けた。




     †




『旅人さーん! おっはよーう!』


 双子たちの、綺麗に揃った挨拶ユニゾンで、旅人は目を覚ました。

 目覚ましにしたって、あまりにも騒がしい。

 あまりの大声にキーンと耳鳴りがするのを覚えながら、旅人はベッドの上で身を起こした。


「……おはよう」

「あれあれー? 旅人さん、あんまりお目覚めよろしくない感じ?」


 ユーノが訊ねれば、カルロも旅人の顔をのぞきこんで、「わあ」と声を上げる。


「本当だ。目がしょぼしょぼしてるー」

「……朝は苦手なんだ」


 旅人は、そう言ってベッドから抜け出すと、ドアの近くにいる双子のもとへ歩いて行った。


「ところで、二人は何の用だい?」

「朝ごはんができたから、呼びに来たんだ!」

「ユーノ君と一緒に作ったんだよ! お父さんもお母さんも、旅人さんのこと、待ってるよ!」

「そうか。それはすまないね。ありがとう」

『いえいえー! どういたしまして!』


 旅人が礼を述べると、二人は揃って笑顔を浮かべた。


「俺たち、ダイニングで待ってるね! 行こう、カルロ君!」

「うん! それじゃあ旅人さん、あとでね!」


 ユーノとカルロが騒がしく部屋の前を去っていったのを見計らい、旅人は、そっとドアを閉める。

 そして、彼らの母親から借りた寝間着をゆっくりと脱ぎ、私服に着替えるのだった。




「すみません、お待たせしてしまいました」


 すっかり、この家――ユーノとカルロが善意で泊めてくれた――を出る準備を済ませた旅人は、ひょっこりとダイニングに顔を出した。


「あらあ、旅人さん。おはよう」

「おはよう、旅人さん」

「お母様、お父様。おはようございます」


 ユーノとカルロとは似ても似つかないおっとり加減で、彼らの両親が話しかけてくる。

 旅人は帽子を取り会釈をし、背負っていた棺を部屋の片隅に置いて、その上にぽんと帽子をのせた。


「よく眠れたようで何よりだわ」

「おかげさまで。寝屋をありがとうございました」

「いいえ。大したお構いもできませんで」

「とんでもない。こんな素敵な朝食まで用意してくださったのに」


 そう言って、旅人は、テーブルに並んだ朝食を見渡した。

 こんがりと焼けた食パンに、黄身がつやめいて食欲をそそる目玉焼きサニーサイドアップ。その下には焼いた燻製肉ベーコンが敷かれ、その香ばしい香りに、思わず喉が鳴った。


「はいはーい、お待たせー! 新鮮レタスとトマトのサラダだよー!」

「朝市で売ってた牛乳もあるよー!」


 そこへ、ユーノとカルロが、サラダの入った大皿と、牛乳の入った人数分のグラスを運んで来る。


「ありがとうね、ユーノ、カルロ」

「いいってことー!」

「お客さんがいるから、張り切っちゃったー!」


 母親に礼を言われて、照れくさそうにはにかみながら、二人は手早くサラダを取り分け、グラスを配る。

 そうして二人がお決まりの椅子に座ったところで、二人の父親が、全員の顔を見回した。


「みんな揃ったな。それじゃあ、まずは食事前の祈りを」


 そう言い、ユーノとカルロの父親が、静かに手を合わせる。

 それに倣って、ユーノも、カルロも、母親も、揃って手を合わせた。

 旅人は、その様子を黙って見つめたあと、少し遅れて手を合わせる。


 神よ、我らに日ごとの糧を与えてくださることに、感謝します。

 我らの糧となってくださる、全ての命に感謝します。


 そうして短い祈りを済ませたあと、5人はそろって朝食を食べ始めた。

 それは、とても賑やかでありながら穏やかで。

 日頃、長い旅路の中で常に気を張っている旅人にとって、心の安らぐ時間だった。




「そういえば、旅人さん、今日は暇?」


 食事の後片付けを手伝いながら、ユーノが訊ねてくる。


「ああ、特にこれといって予定はないよ。どうかしたのかい?」


 旅人が問い返すと、カルロが楽しげに笑みを浮かべた。


「だったら、俺たちと一緒に街へ行こうよ! 観光案内、してあげるから!」

「そうそう! 双子ガイドと行く、ブランポールぶらり歩き! 楽しさは保証するよ!」

「何だい、それは」


 旅人はくすくすと笑いながら、ユーノが洗い上げた食器を拭いて、カルロへ手渡していく。

 これくらいのことはしないと申し訳ないからと、半ば無理やり手伝わせてもらっているのだ。


「けれど、いいのかい? 今日は、メリーやほかの友達とは会わないのか?」

「うん! 今日は俺たちも、なーんにも予定ないし!」

「それに、メリーは……ねえ?」

「……ああ、そうだったな」


 食器を戸棚に仕舞っていくカルロの、にやにや笑う様子を見て、旅人は思い出した。

 昨日、海軍の帰港記念パーティーの会場で、メリーが、カナタと街へ出かける約束をしていたことを。


「しかし、そうなると、二人とうっかり鉢合わせないかが気がかりだな」


 旅人の言葉に、ユーノとカルロはいたずらっぽく顔を見合わせて笑う。


「そこはほら、ねっ? ユーノ君」

「だよねだよね、カルロ君!」


 一拍。


『二人をこっそり尾行して、出歯亀すればいいんだよ!』


 その言葉に、旅人は呆れ返って額に手を当てた。

 本当に、この二人について行って大丈夫だろうか――そんな、一抹の不安を覚えながら。



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