②
孤児院に現れたカナタさんは、軍服姿ではなく、青を基調にしたさわやかな色合いの私服姿だった。
「神父さん! ご無沙汰しております!」
「久しぶりだね、カナタ。元気にしていたかい?」
「はい! 訓練は厳しかったですが、何とか耐えてきました!」
「そうか、そうか。また背が伸びたんじゃないか?」
「育ち盛りですから!」
育ち盛りなんだ。
カナタさん、もう19なのに……
思わず苦笑いしながら、私はカナタさんと神父様の会話を見守っていた。
「あーっ! カナタにいちゃんだ!」
「おにいちゃん、おかえりい!」
「おお、お前たち! 元気にしていたか? きちんと神父さんのお手伝いはしていたか?」
『うんー!』
「はっはっは! そうかそうか! 相変わらず元気なようで、俺は嬉しいぞ!」
わらわらと集まってくる子どもたちの頭を順繰りに撫で回していきながら、カナタさんは朗らかに笑う。
みんな、大好きな兄貴分が帰ってきて、嬉しそうだ。
それもそうだよね、カナタさんは、みんなの憧れのお兄ちゃんなんだもん。
「ねえねえカナタにいちゃん、きょうは、おしごとないの?」
「いっしょにあそべる?」
足元にくっついて、上目遣いにねだる子どもたち。
その子たちを代わるがわる抱き上げながら、カナタさんは困ったように笑った。
「ああ。だが、すまないな。今日は、メリーと二人で出かけたいんだ」
その言葉に、子どもたちは拗ねたり怒ったり泣き出したり、大変な騒ぎだ。
「えー!? ふたりでー?」
「メリーおねえちゃんだけ、ずるいー!」
「わたしも、おにいちゃんとあそびたかった……」
「こら、みんな。カナタとメリーを困らせてはいけないよ」
神父様が、手助けとばかりにみんなにそう言ってくれる。
そこへ、カナタさんも、両手を合わせて、みんなに謝りにかかった。
「本当にすまない! 俺はしばらくこの街にいるから、またそのうち、一緒に遊ぼう! な?」
カナタさんが必死でなだめて、ようやく機嫌が直ったらしい。
子どもたちは、しぶしぶといった様子で、カナタさんから離れていった。
「うん、分かった」
「きょうだけ、メリーねえちゃんに、カナタにいちゃんのこと、ひとりじめさせてあげる」
「ひ、一人占め……」
子どもたちの中から聞こえてきた言葉に、思わず照れてしまう。
そっか。
今日は、私が、カナタさんのこと、一人占めできるんだ。
そう思うと、心の底から嬉しくなって――同時に、二人きりで出かけるのが初めてなものだから、ドキドキしてしまって。
「そっ、そろそろ行きましょうか。カナタさん」
「む、そうだな。それじゃあ神父さん、一日、メリーをお借りします!」
「うん。楽しんでおいで」
「ありがとうございます! ……行こう。メリー」
笑って頷いた神父様にお礼を言うと、カナタさんは、私に手を差し伸べて微笑む。
以前よりもずっと大人っぽくなったその表情に、とくとくと鼓動が速まるのを感じながら、私はそっと彼の手を取った。
「それじゃあみんな、行ってくるぞ!」
「おにいちゃん、おねえちゃん、いってらっしゃい!」
「お土産まってるからなー!」
「うん! 行ってきます!」
みんなに見送られて、私とカナタさんは、孤児院をあとにした。
今日一日、どこへ行って何をしようか。
カナタさんと二人、どんな話をしようか。
そんな期待に、胸を躍らせながら。
街へ出れば、昨日とほとんど変わりなく、レンガ造りの坂道を、たくさんの人々が行き交っていた。
手に手に食材の入った紙袋を持ったおば様たちが、笑い合いながら港のほうへ向かっている。
船乗りと思しき偉丈夫たちが、近くの
犬の散歩に出ているらしい子どもたちが、きゃあきゃあとはしゃぎながら、坂道を駆け下りていく。
白亜の建物が、眩しい陽の光に照り映えるこの街には、今日も、いつもと変わりない、平和な時間が流れていた。
「うん、この光景も、随分と久しぶりだな!」
街の光景をその眼に映しながら、カナタさんが嬉しそうに笑った。
彼もこの街の出身だけれど、海軍に入隊してからは帰って来られていなかったから、懐かしく思う気持ちもあるのだろう。
カナタさん、本当にこの街が大好きなんだなあ。
私も大好きなこの街を、カナタさんも同じように大好きでいてくれることが、無性に嬉しかった。
でも、街を眺めるだけで一日が終わってしまうのも、何だか勿体ない。
「さて、カナタさん、最初はどこに行きますか?」
「うん? ああ、そうだな」
私が呼びかけると、カナタさんはふと周りを見回して、あるお店に視線を向けた。
「最初はあそこだ! ついてきてくれ、メリー」
「え? でも、あそこって……」
「いいんだ。俺が真っ先に行きたかったのは、あそこなんだ」
だから、行こう!
そう言って、カナタさんは、私の手を引っ張って、行きたかったのだというお店に入っていった。
――女性向けのお洋服を扱う、
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