②
「……カナタ、さん……?」
メリーは、驚いたように彼を見つめて呟く。
どうやら、青年の名前はカナタというらしい。
名前を呼ばれた彼は、そこで初めて、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、帽子を脱いだ。
「久しぶりだな、メリー!」
「カナタさん、カナタさん……!」
メリーは、嬉しそうにカナタに駆け寄って、手を取る。
青年を見つめる瞳は、先ほどまでの、貴族たちの態度に悲しんでいるようなものでも、自分の扱いの悪さを諦めたようなものでもない。
カナタと呼ばれた青年に会えたことへの喜びに満ちて、希望の色にきらきらと輝いていた。
その笑顔はまるで、まだまだ小さかった蕾が、一気に花開いたかのようで。
「カナタさん、どうしてここに?」
「領主のスピーチが終わったから、会場を見て回っていたんだ。ユーノとカルロには会えたんだが、お前だけが見つからなかったからな。探したんだぞ?」
「そ、そうだったんですか」
「お前こそ、どうして俺に会わずに帰ろうとしていたんだ? せっかく帰ってきたのに、寂しいじゃないか」
「そ、それは……」
メリーは、カナタから視線を外し、周りにいる貴族たちをちらりと見遣る。
「……その、貴族様たちの視線が痛かったといいますか」
「ああ……なるほど。気付いてやれなくてすまなかったな」
少し表情を暗くしたメリーを気遣うように、カナタは低い位置にある彼女の頭を撫でた。
優しい手つきで頭を撫でられるメリーは、可哀想なほどにすっかり顔を赤くしてしまっていて、今にも頭から湯気が出てきそうだ。
周りの人間など全く目に入らない様子でやり取りをするカナタとメリーを見ながら、旅人は苦笑する。
「……どうも、私はお邪魔かな?」
茶化すように言ってみると、メリーがはっと我に返った様子で振り向き、その肩越しに、カナタが旅人を見た。
「た、旅人さん!」
「おお? そういえば、さっきからメリーと一緒にいたな? あなたは何者だ?」
「しがない旅人です。今日初めて、この街に来たばかりのね。以後お見知り置きを」
「そうか、旅人か! 白亜の国・ブランポールへようこそ! ゆっくりしていってくれ!」
そう言って、カナタは豪快に笑った。
そんな青年を、微笑みながら見つめるメリー。
その頬は薔薇色に染まり、細まった瞳はどこまでも優しい光を湛えている。
「(なるほど、これは……)」
本格的に、自分は退散したほうが良さそうだ。
そう思い、棺を背負い直した、ちょうどその時だった。
「あーっ、いたー! おーい、メリー! 旅人さーん!」
「カナタさんも一緒だー! こっちこっちー!」
どこからか、旅人たちを呼ぶ声がした。
何事かと辺りを見渡せば、少し離れたテーブルの近くで、ユーノとカルロがこちらへ手を振っている。
「むっ、ユーノとカルロか。どうしたー?」
カナタはユーノとカルロに手を振り、彼らのもとへ駆け寄っていく。
その背中を見送りながら、メリーはふと声を漏らした。
「……カナタさん、元気そうでよかった」
その声には、心からの安堵の感情がこもっている。
旅人は、しばしその横顔をじっと見つめて、メリーに問うた。
「彼とは知り合いだったのかい? メリー」
「知り合い、といいますか……そうですね」
メリーは少し考え込んで、それから、昔を懐かしむように遠くの空を眺めた。
「幼馴染なんです。彼はもともと、私がいるのと同じ孤児院の出身でした」
「へえ、孤児院の」
「はい。私の4つ年上で、海軍に入隊するまでは、孤児院にいる最年長だったんです。私みたいな、院の中でも年長の立場にいる人にまで、よく世話を焼いてくれたんですよ」
「兄のような存在、といったところかな?」
「あはは、そうですね。……それだけだったら、良かったんですけれど」
そう言って、メリーは困ったような笑顔を浮かべる。
その表情は、何となくだが、『兄』という表現に対して、複雑な思いを抱えているようにも見えた。
「……確かに、私はカナタさんを兄のように慕ってはいます。カナタさんから見ても、私は妹みたいなものかもしれません。でも――」
一拍。
「――私は、カナタさんのことを、兄としては見ていません。私は、男の人として、カナタさんが好き」
堂々と宣言するメリー。
うすうす予想していたその言葉に、旅人は目を細めて、一言「そうか」と返した。
だが、メリーはそこで、「でもね」と呟く。
「私、カナタさんに思いを伝えるつもりはないんです」
「それはまた……どうしてだい?」
旅人が問うと、メリーはまた、困ったように笑った。
旅人に笑いかけた視線が、ユーノとカルロのもとへ駆けて行ったカナタを追っていく。
「カナタさんはきっと、私のことをそんなふうには見ていません。伝えても、きっと、困らせてしまうだけです」
「…………」
「第一、孤児院暮らしの貧民と、国の平和を守っている海兵さんとじゃあ、身分が違いすぎます。私じゃ、カナタさんには釣り合わない」
そう言って、もの悲し気に目を伏せるメリー。
そんなことはない、と一言言ってやるのは簡単だったが、旅人は敢えて黙っていた。
恐らく、「自分はカナタには釣り合わない」というメリーの思いは、彼女の中に深く根を張っている。
つい先ほど知り合ったばかりの仲である自分が何を言ったところで、彼女の思いや、その根底にある考えを変えることは出来ないだろう。
そう思うと、下手に口を出さない方がいいと感じたのだ。
「……だが、それはそれとして、行かなくていいのかい?」
代わりに、旅人は、メリーの気持ちを切り替えてやるように、すっと前方を指さした。
「彼ら、君を待っているようだが?」
そう言う旅人の指さしたほうには、
「おおーい! 二人も来てくれー! おいしい料理があるぞ!」
「早く来ないと、俺たちが全部食べちゃうよー?」
「早くおいでよ、メリー! 旅人さん!」
フライドチキンをほおばりながら、カナタとユーノ、カルロが、笑顔で二人を呼んでいた。
「私も呼ばれているようだから、ひとまずあそこにお邪魔するつもりだよ。君は行かないのかい?」
「……行きます」
「うん。行っておいで」
ぽんぽん、とメリーの頭を撫でてやると、彼女はようやく再び年相応の笑みを浮かべて、三人のもとへ駆け出して行った。
それでいい、と旅人は思った。
カナタを異性として想っていようと、その気持ちを伝える気がなかろうと、今は、そんなことは忘れてしまえばいい。
今はただ、兄のように慕い、異性として恋うている彼との再会を喜び、大いにパーティーを楽しめばいい。
そう思いながら、旅人は、ゆっくりと四人のもとへ歩き出した。
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