旅人と海兵と恋する乙女
①
港には、既に海軍の船が何隻も泊まっていた。
すぐ横の広場では、自由に参加できる形式の立食パーティーが開かれており、奥まった場所に設営されたステージでは、公国を統治している貴族によるスピーチの真っ最中だった。
「うわー、すっごい人だねえ」
「海軍の人たち、どこかなあ?」
ユーノとカルロがきょろきょろと辺りを見回して、海兵たちの姿を探しに行く一方で、メリーは少し居心地が悪そうに、髪の毛を指で弄んでいる。
「メリー、どうかした?」
「あ、いえ。大したことじゃないんですけど」
旅人が訊ねると、メリーは苦笑して、ぽつぽつと胸の内を語った。
「こういう場って、やっぱり、一般市民だけじゃなくて、国の貴族様たちもたくさんいらっしゃるじゃないですか。だから、私みたいなのは、どうしても居心地が悪くて」
「それは、どうして?」
旅人の問いに、メリーは、さり気なく広場の人混みから足を遠ざけながら言う。
「私、孤児院で暮らしているんです。小さい頃に父母に捨てられていたところを、院長先生に拾われて」
「……そうか」
「孤児院での暮らしは、決して豊かじゃありません。むしろ、貧しいくらいです。まともな食事が食べられない日もありますし、新しい服なんて滅多に買えません」
メリーは、自分の服を見下ろして、溜め息をつく。
貴族たちが着ている、よそ行きのドレスが欲しいなんていう高望みはしない。
ただ、街の
見た目にも清潔で、爽やかな魅力を持つあのような服を、一度くらいは着てみたい。
「でも、実際はこうです。優しい人たちが寄付してくれた古着を、丁寧に直して、洗って、ぼろぼろになるまで着続ける。そんなみすぼらしい見た目の、私みたいな人間を――貴族の人たちは、やっかんでいるんですよ」
見てください。
メリーにそう言われて、旅人は初めて気付いた。
周りにいる、パーティーに訪れた貴族たちが皆一様に、メリーのことを、どこか冷たい目で見ていることに。
それどころか――
「見て、貧民がいるわ」
「あれは孤児院の娘か? なぜ、このような場に紛れ込んでいるんだ」
「見ていると気分が悪くなるわ。早くどこかへ行ってくれないかしら」
そんなふうに、人々が小声で話しているのすら、耳に入ってくる。
思わず、愕然とした。
ただ、ほんの少しだけ周りよりも貧しい身なりをしているだけで、こんなにも差別されなければいけないだなんて。
このような光景を、これまでの旅でも見てこなかったかと言えば、そうではない。
そうではないが、やはり、これは。
「……気分のいいものじゃないな」
旅人が思わずそう呟くと、メリーは困ったような笑顔を浮かべた。
そして、辺りを少しだけ見回してから、旅人に言った。
「やっぱり私、孤児院に帰ります。ユーノ君とカルロ君に、そう伝えてください」
「いいのかい? せっかくここまで来たのに」
「はい。私と一緒にいたら、ユーノ君もカルロ君も……旅人さんまで、同じ目で見られちゃいますから」
「メリー……」
旅人が複雑そうな顔をしてメリーに声をかけるが、彼女は決意を固めた様子で旅人に手を振る。
「それじゃあ旅人さん、またどこかで!」
そう言って、メリーがその場を離れようとした、その時だった。
「おいおい。『おかえりなさい』の一言も言わずに帰ってしまうのか?」
溌溂としながらもどこか残念そうな声が、旅人たちの背後から聞こえてきた。
先に振り返ったのは、メリーだった。
白い軍服を映した大きな瞳が、いっそう大きく見開かれる。
それを見て、旅人もまた、遅れて背後を振り返った。
そこにいたのは、式典に参加している海兵と思しき青年だった。
海軍を象徴する白い軍服を身に纏い、茶色いはねっ毛に白い帽子を被せている。
軍に所属しているということは、年齢は少なくとも19か20といったところだろうか。しかし、その割には、顔つきが少し幼く見える気がする。
東方の国の出身と思わしき顔立ちをした彼の、透き通った赤茶色の瞳は、まっすぐにメリーを見つめていた。
「……カナタ、さん……?」
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