旅人と海兵と恋する乙女

 港には、既に海軍の船が何隻も泊まっていた。

 すぐ横の広場では、自由に参加できる形式の立食パーティーが開かれており、奥まった場所に設営されたステージでは、公国を統治している貴族によるスピーチの真っ最中だった。


「うわー、すっごい人だねえ」

「海軍の人たち、どこかなあ?」


 ユーノとカルロがきょろきょろと辺りを見回して、海兵たちの姿を探しに行く一方で、メリーは少し居心地が悪そうに、髪の毛を指で弄んでいる。


「メリー、どうかした?」

「あ、いえ。大したことじゃないんですけど」


 旅人が訊ねると、メリーは苦笑して、ぽつぽつと胸の内を語った。


「こういう場って、やっぱり、一般市民だけじゃなくて、国の貴族様たちもたくさんいらっしゃるじゃないですか。だから、私みたいなのは、どうしても居心地が悪くて」

「それは、どうして?」


 旅人の問いに、メリーは、さり気なく広場の人混みから足を遠ざけながら言う。


「私、孤児院で暮らしているんです。小さい頃に父母に捨てられていたところを、院長先生に拾われて」

「……そうか」

「孤児院での暮らしは、決して豊かじゃありません。むしろ、貧しいくらいです。まともな食事が食べられない日もありますし、新しい服なんて滅多に買えません」


 メリーは、自分の服を見下ろして、溜め息をつく。

 貴族たちが着ている、よそ行きのドレスが欲しいなんていう高望みはしない。

 ただ、街の洋服店ブティックのショーウィンドウに飾られた、真っ白なワンピース。

 見た目にも清潔で、爽やかな魅力を持つあのような服を、一度くらいは着てみたい。


「でも、実際はこうです。優しい人たちが寄付してくれた古着を、丁寧に直して、洗って、ぼろぼろになるまで着続ける。そんなみすぼらしい見た目の、私みたいな人間を――貴族の人たちは、やっかんでいるんですよ」


 見てください。

 メリーにそう言われて、旅人は初めて気付いた。

 周りにいる、パーティーに訪れた貴族たちが皆一様に、メリーのことを、どこか冷たい目で見ていることに。


 それどころか――


「見て、貧民がいるわ」

「あれは孤児院の娘か? なぜ、このような場に紛れ込んでいるんだ」

「見ていると気分が悪くなるわ。早くどこかへ行ってくれないかしら」


 そんなふうに、人々が小声で話しているのすら、耳に入ってくる。

 思わず、愕然とした。

 ただ、ほんの少しだけ周りよりも貧しい身なりをしているだけで、こんなにも差別されなければいけないだなんて。


 このような光景を、これまでの旅でも見てこなかったかと言えば、そうではない。

 そうではないが、やはり、これは。


「……気分のいいものじゃないな」


 旅人が思わずそう呟くと、メリーは困ったような笑顔を浮かべた。

 そして、辺りを少しだけ見回してから、旅人に言った。


「やっぱり私、孤児院に帰ります。ユーノ君とカルロ君に、そう伝えてください」

「いいのかい? せっかくここまで来たのに」

「はい。私と一緒にいたら、ユーノ君もカルロ君も……旅人さんまで、同じ目で見られちゃいますから」

「メリー……」


 旅人が複雑そうな顔をしてメリーに声をかけるが、彼女は決意を固めた様子で旅人に手を振る。


「それじゃあ旅人さん、またどこかで!」


 そう言って、メリーがその場を離れようとした、その時だった。




「おいおい。『おかえりなさい』の一言も言わずに帰ってしまうのか?」




 溌溂としながらもどこか残念そうな声が、旅人たちの背後から聞こえてきた。


 先に振り返ったのは、メリーだった。

 白い軍服を映した大きな瞳が、いっそう大きく見開かれる。

 それを見て、旅人もまた、遅れて背後を振り返った。

 そこにいたのは、式典に参加している海兵と思しき青年だった。


 海軍を象徴する白い軍服を身に纏い、茶色いはねっ毛に白い帽子を被せている。

 軍に所属しているということは、年齢は少なくとも19か20といったところだろうか。しかし、その割には、顔つきが少し幼く見える気がする。

 東方の国の出身と思わしき顔立ちをした彼の、透き通った赤茶色の瞳は、まっすぐにメリーを見つめていた。




「……カナタ、さん……?」



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