「この街は、随分と賑やかなんだな」


 旅人は、棺を揺らして感嘆したように呟く。

 一週間ほどかけて森を抜け、山を越えた旅人がやってきたのは、『白亜の国』と呼ばれるブランポール公国。

 その中でも一際栄えている港町――ミドナだ。


 美しい白壁造りの建物が眩しいこの街は、公国の貿易の窓口になっている。

 そのことから、ここが元より栄えた場所であることは、事前の調べで分かっていた。

 しかし、実際に街中を歩いてみると、港に近づくにつれ、目に入る人々の誰もが、とても浮足立っているように思えるのだ。


 はて、今日は何か祭事でもあるのだろうか。

 そう思い、首を傾げた、その時だった。


「待てーっ、メリー!」

「あははっ、待たないよー!」

「一番乗りは絶対譲らないからなー!」


 坂道の上のほうから、三人の少年少女が、きゃあきゃあと声を上げながら駆け下りてくる。

 その表情は一様に楽しげであり、彼らもまた、周りの人々と同じように、港に向かっているようだった。

 ちょうどいい、彼らに港で何があるのか教えてもらおう。

 そう思い立って、旅人は、人ごみの中でひときわ目に付く少年少女に声をかけた。


「もし、そこの人たち。ちょっと訊ねてもいいかな?」

「っ!? は、はい!」


 少女は、大慌てで急ブレーキをかけると、旅人を振り向く。

 その両脇を、少女と駆けっこをしていた少年たちが、上手く止まり切れなかったらしく、綺麗に揃って転がっていった。


「……急に呼び止めて、申し訳なかったね」

「ああああ! ユーノ君、カルロくーん!」


 豪快にすっ転んだ少年たちを見て、気まずそうに言う旅人。

 その言葉を半ば聞き流しながら、少女は、二人の少年のもとへ駆け寄るのだった。




「えへへー、お騒がせしましたっ!」

「結構派手に転んじゃったね、ユーノ君!」

「大した怪我じゃなくてよかったよ……」


 鼻っ面に絆創膏を貼られて笑顔を見せる二人の少年と、ほっと息をつく少女。

 三人が揃って旅人のもとへ戻ってきたところで、前髪を左分けにした少年が、「それで」と口を開いた。


「お姉さん……いやお兄さん……? は、俺たちに何の用ですか?」


 少年の問いに、旅人は「いや、なに」と前置いた。


「初めてこの街に来たんだが、街の人たちのほとんどが、この先の港へ向かっているようだったから。港で何か催し物でもあるのか、教えてもらえないかと思って」


 そう答えると、前髪を右分けにした少年が、ぽんと手を叩く。


「もしかしてお姉さん、旅人さん?」

「そうだよ」

「やっぱり!」

「どうりで、変わった荷物を持ってるわけだ」


 そう言って、旅人の担いでいる棺を見遣るのは、先ほど喋っていた、前髪が左分けになっている少年。

 この少年たちは、双子なのだろうか。そう推測しながら、旅人は「これは私の相棒でね」と、担いでいる棺を揺らしてみせた。


「それで、今日は港で何かあるのかい?」

「ああ、そうでした。今日は、この先の港に、公国に所属する海軍の船が帰ってくるんですよ」


 そう言って微笑んだのは、二人の少年の間に挟まれた、茶色い三つ編みの少女だ。

 彼女の言葉に、ようやっと旅人は、この人通りの多さに納得がいった。

 恐らく、彼らは皆、海軍の船の帰港を見届けに行くのだろう。

 だから、老若男女を問わず誰もが、そわそわした様子で、港に向かっているのだ。


「なるほど、分かった。ありがとう」

『どういたしまして!』


 旅人が礼を述べると、少年少女は三人そろって、満面の笑みを浮かべる。

 そして、真ん中の少女が、名案を思いついたとばかりに目を輝かせた。


「そうだ! せっかくだから、旅人さんも一緒に港に行きませんか?」

『メリー、ナイスアイデア!』

「えっ……いいのかい?」


 少女の提案に、双子と思しき少年たちは賛成したが、旅人は遠慮がちな姿勢をとる。


「君たちは友人同士だろう。水入らずで楽しみたいんじゃないのか?」

「全然! むしろ、一緒に行く人は多い方が楽しいし!」

「せっかくのお祭り騒ぎなんだから、旅人さんも一緒に楽しもうよ!」


 ね! と言って、三人の少年少女は旅人の返事を待つ。

 ここまで快く提案されては、断るのも何だか忍びない。

 旅人は、照れて少し赤くなった顔を隠すように帽子を深く被り直して、笑った。


「それなら……うん。折角だから、ご一緒させていただこうかな」

『はい!』


 旅人の言葉に、少年少女は太陽のような笑顔を浮かべた。


「そうだ、名前! 私、メリーって言います」


 茶色い三つ編みを揺らして、少女が軽くおじぎをする。


「はいはーい! 俺はユーノ!」

「俺はカルロ!」


 前髪を左分けにした少年が右手を、前髪を右分けにした少年が左手を上げて、口々に言う。


「俺たち、生まれた時からずっと一緒の双子なんだ!」

「間違えないでね、旅人さん!」

「ああ。ユーノ君とカルロ君、それから、君はメリーさんだね。よろしく」

「『君』とか『さん』とか、いらないよー!」

「気軽に呼び捨てにしてよね!」


 掛け合いをするかのような、陽気な自己紹介を聞き終え、旅人は帽子を取っておじぎをした。


「私は旅人。名乗るほどの名前はないけれど、一応、【葬儀人アンダーテイカー】と名乗っておくよ」


 旅人の言葉に、ユーノとカルロは顔を見合わせた。


「アンダーテイカー?」

「変わった名前だね」

「でも、何か格好いいよね、カルロ君!」

「そうだね、ユーノ君」


 口々に言い合ったあと、二人は口を揃える。


『よろしく、アンダーテイカーさん!』

「ああ、こちらこそ。長くて呼び辛いなら、『旅人』のままでいいからね」


 旅人がそうやって双子たちと会話をしている間、メリーと名乗った少女は、しきりに何かを考え込んでいるようだった。

 彼女は、旅人を頭のてっぺんから爪先までじっくり眺めたあと、旅人が背負っている棺に目を移す。


「……メリー?」


 視線を感じた旅人は、どうかしたのかとメリーに声をかける。

 彼女はハッとして、慌てて首を横に振った。


「いえ、何でもないんです! 気にしないでください」

「そうかい?」


 それならいいけれど、と首を傾げる旅人。

 彼女の背中を押して、メリーは慌てたように言った。


「それよりほら、早く港に行きましょう? 船が帰ってきちゃいますよ!」

「あ! そうだった! 急ごう、みんな!」

「うん! ほら、旅人さんも!」


 先に坂道を下り始めたメリーに続いて、ユーノとカルロも走り出す。


「ああ、待ってくれ」


 さっき、あんなに盛大に転んだのに、懲りない子たちだ。

 そう思いながらも、旅人は小さく笑って、少年少女の後を追うのだった。



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