②
「この街は、随分と賑やかなんだな」
旅人は、棺を揺らして感嘆したように呟く。
一週間ほどかけて森を抜け、山を越えた旅人がやってきたのは、『白亜の国』と呼ばれるブランポール公国。
その中でも一際栄えている港町――ミドナだ。
美しい白壁造りの建物が眩しいこの街は、公国の貿易の窓口になっている。
そのことから、ここが元より栄えた場所であることは、事前の調べで分かっていた。
しかし、実際に街中を歩いてみると、港に近づくにつれ、目に入る人々の誰もが、とても浮足立っているように思えるのだ。
はて、今日は何か祭事でもあるのだろうか。
そう思い、首を傾げた、その時だった。
「待てーっ、メリー!」
「あははっ、待たないよー!」
「一番乗りは絶対譲らないからなー!」
坂道の上のほうから、三人の少年少女が、きゃあきゃあと声を上げながら駆け下りてくる。
その表情は一様に楽しげであり、彼らもまた、周りの人々と同じように、港に向かっているようだった。
ちょうどいい、彼らに港で何があるのか教えてもらおう。
そう思い立って、旅人は、人ごみの中でひときわ目に付く少年少女に声をかけた。
「もし、そこの人たち。ちょっと訊ねてもいいかな?」
「っ!? は、はい!」
少女は、大慌てで急ブレーキをかけると、旅人を振り向く。
その両脇を、少女と駆けっこをしていた少年たちが、上手く止まり切れなかったらしく、綺麗に揃って転がっていった。
「……急に呼び止めて、申し訳なかったね」
「ああああ! ユーノ君、カルロくーん!」
豪快にすっ転んだ少年たちを見て、気まずそうに言う旅人。
その言葉を半ば聞き流しながら、少女は、二人の少年のもとへ駆け寄るのだった。
「えへへー、お騒がせしましたっ!」
「結構派手に転んじゃったね、ユーノ君!」
「大した怪我じゃなくてよかったよ……」
鼻っ面に絆創膏を貼られて笑顔を見せる二人の少年と、ほっと息をつく少女。
三人が揃って旅人のもとへ戻ってきたところで、前髪を左分けにした少年が、「それで」と口を開いた。
「お姉さん……いやお兄さん……? は、俺たちに何の用ですか?」
少年の問いに、旅人は「いや、なに」と前置いた。
「初めてこの街に来たんだが、街の人たちのほとんどが、この先の港へ向かっているようだったから。港で何か催し物でもあるのか、教えてもらえないかと思って」
そう答えると、前髪を右分けにした少年が、ぽんと手を叩く。
「もしかしてお姉さん、旅人さん?」
「そうだよ」
「やっぱり!」
「どうりで、変わった荷物を持ってるわけだ」
そう言って、旅人の担いでいる棺を見遣るのは、先ほど喋っていた、前髪が左分けになっている少年。
この少年たちは、双子なのだろうか。そう推測しながら、旅人は「これは私の相棒でね」と、担いでいる棺を揺らしてみせた。
「それで、今日は港で何かあるのかい?」
「ああ、そうでした。今日は、この先の港に、公国に所属する海軍の船が帰ってくるんですよ」
そう言って微笑んだのは、二人の少年の間に挟まれた、茶色い三つ編みの少女だ。
彼女の言葉に、ようやっと旅人は、この人通りの多さに納得がいった。
恐らく、彼らは皆、海軍の船の帰港を見届けに行くのだろう。
だから、老若男女を問わず誰もが、そわそわした様子で、港に向かっているのだ。
「なるほど、分かった。ありがとう」
『どういたしまして!』
旅人が礼を述べると、少年少女は三人そろって、満面の笑みを浮かべる。
そして、真ん中の少女が、名案を思いついたとばかりに目を輝かせた。
「そうだ! せっかくだから、旅人さんも一緒に港に行きませんか?」
『メリー、ナイスアイデア!』
「えっ……いいのかい?」
少女の提案に、双子と思しき少年たちは賛成したが、旅人は遠慮がちな姿勢をとる。
「君たちは友人同士だろう。水入らずで楽しみたいんじゃないのか?」
「全然! むしろ、一緒に行く人は多い方が楽しいし!」
「せっかくのお祭り騒ぎなんだから、旅人さんも一緒に楽しもうよ!」
ね! と言って、三人の少年少女は旅人の返事を待つ。
ここまで快く提案されては、断るのも何だか忍びない。
旅人は、照れて少し赤くなった顔を隠すように帽子を深く被り直して、笑った。
「それなら……うん。折角だから、ご一緒させていただこうかな」
『はい!』
旅人の言葉に、少年少女は太陽のような笑顔を浮かべた。
「そうだ、名前! 私、メリーって言います」
茶色い三つ編みを揺らして、少女が軽くおじぎをする。
「はいはーい! 俺はユーノ!」
「俺はカルロ!」
前髪を左分けにした少年が右手を、前髪を右分けにした少年が左手を上げて、口々に言う。
「俺たち、生まれた時からずっと一緒の双子なんだ!」
「間違えないでね、旅人さん!」
「ああ。ユーノ君とカルロ君、それから、君はメリーさんだね。よろしく」
「『君』とか『さん』とか、いらないよー!」
「気軽に呼び捨てにしてよね!」
掛け合いをするかのような、陽気な自己紹介を聞き終え、旅人は帽子を取っておじぎをした。
「私は旅人。名乗るほどの名前はないけれど、一応、【
旅人の言葉に、ユーノとカルロは顔を見合わせた。
「アンダーテイカー?」
「変わった名前だね」
「でも、何か格好いいよね、カルロ君!」
「そうだね、ユーノ君」
口々に言い合ったあと、二人は口を揃える。
『よろしく、アンダーテイカーさん!』
「ああ、こちらこそ。長くて呼び辛いなら、『旅人』のままでいいからね」
旅人がそうやって双子たちと会話をしている間、メリーと名乗った少女は、しきりに何かを考え込んでいるようだった。
彼女は、旅人を頭のてっぺんから爪先までじっくり眺めたあと、旅人が背負っている棺に目を移す。
「……メリー?」
視線を感じた旅人は、どうかしたのかとメリーに声をかける。
彼女はハッとして、慌てて首を横に振った。
「いえ、何でもないんです! 気にしないでください」
「そうかい?」
それならいいけれど、と首を傾げる旅人。
彼女の背中を押して、メリーは慌てたように言った。
「それよりほら、早く港に行きましょう? 船が帰ってきちゃいますよ!」
「あ! そうだった! 急ごう、みんな!」
「うん! ほら、旅人さんも!」
先に坂道を下り始めたメリーに続いて、ユーノとカルロも走り出す。
「ああ、待ってくれ」
さっき、あんなに盛大に転んだのに、懲りない子たちだ。
そう思いながらも、旅人は小さく笑って、少年少女の後を追うのだった。
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