「……ばかね、二人とも」


 カナタもメリーも、本当に大ばかだわ。

 事の顛末を全て聞いた少女は、そう言って足をぶらつかせた。

 言い方こそ乱暴だったものの、神父は叱ろうとはしなかった。彼女の目に、うっすらと涙が浮かんでいるのを知っていたから。


「お互いにお互いを大切に思っていたのに、それですれ違っていたら、意味がないじゃない」

「二人とも、不器用だからね。仕方がなかったんだよ」

「仕方なくなんかないわよ。もっとお互い、ちゃんと本音を話し合ってればよかったんだわ。守ってあげたい気持ちも、守られるばっかりでいたくない気持ちも、ちゃんと……そしたら……」


 そうしたら、二人は、離ればなれになんてならずとも、一緒に強くなれたはずなのに。

 二人で一緒に強い人間に育って、どちらからも同じだけの愛情を向け合って、別れを経ずとも幸せになれたはずなのに。

 ぽろり、と零れた一滴ひとしずくの涙を拭ってやりながら、神父は少女に微笑みかける。


「二人もきっと、君と同じように思っているはずさ。だからこそ今日は、きちんと話をするか――それが出来なくても、離れていた間の、互いの寂しさを埋められるだけの時間を過ごして帰ってくると思うよ」

「……神父様」

「いいかい、僕の愛しい子。よく聞いておくんだよ」


 ぱちぱちと目を瞬かせた少女の手を握って、神父は優しく言い聞かせる。


「君にもきっと近いうち、メリーにとってのカナタのような、大切な人が現れるだろう。君は、その人のためにも自分のためにも、素直でいられるようにするんだよ。秘密を作ってはいけない、というわけじゃない。ただ、互いに心を開いて、気持ちを言葉にして伝え合って、歩み寄ることを忘れてはいけないよ」


 神父の言葉に、少女は、不安そうに俯く。


「……できるかしら」

「出来るさ。だって君は、自分以外の他人を思い遣って涙を流せるほど、優しい子なんだから」


 そう言って、手を握る力を強めれば、少女はようやっと、笑みを浮かべる。

 ずっと彼女の面倒を見てきたメリーによく似た、優しい笑みだった。


「さあ、長話が過ぎたね。そろそろみんなの所へ戻ろうか。あんまり長くいなくなっていたから、心配されているかも」


 ベンチから立ち上がると、神父はそう言って伸びをした。

 自然に差し伸べられた手を、さも当然のごとく取って、少女は頷く。


「そうね。私も、なまけていると思われたら――」


 そこでふと、少女の言葉が途切れた。

 彼女の視線は、海のある方向の、ある一点をじっと見つめている。


「? どうかした?」

「ねえ、神父様。見たことのない船が港に向かっているみたいなの」


 あれって、何の船?

 純粋な彼女の問いかけに、神父もまた、彼女の見ている方角へ目を向ける。


 そして、


「――ッ!」


 息を呑み、目を見開き、少女の手を強く握って走り出した。


「し、神父様? 何よ、あの船がどうかしたの?」

「早く戻るよ! みんなを連れて、教会へ帰るんだ!」

「ねえ! どうしてそんなにあせっているの!?」


 鬼気迫る表情をした彼にただならぬ気配を感じ取った少女は、それでも事態が呑み込みきれずに、上擦った声で訊ねる。


「あれは、あの船は――」


 震える声で、神父はその言葉を口にする。




「――――海賊たちの、船だ」




 この手を絶対に離さないようにと、彼は、少女の手を掴む自らの手に、いっそう力を込めた。

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