旅人と恋人たちと永劫の別れ

「いやあ、美味かったなあ!」

「はい! とってもおいしかったです」


 満足そうに笑うカナタさんにつられて、私も感嘆の溜め息をついた。

 私たちがいるのは、港にあるレストランのテラス席。

 プランポール一の絶景を一望できると評判のこのお店で、私たちは少し遅い昼食をとったところだった。


「でも、カナタさんがこのお店を予約してただなんて、知りませんでしたよ」

「はっはっは、サプライズも悪くないだろう?」

「心臓に悪いですよ!」


 そんなふうに話しながら、私は、このお店に連れてこられた時のことを思い返していた。


 このレストランは、ブランポール公国でも指折りの評判を持つお店。グルメ雑誌でもたびたび紹介されるような有名店だ。

 その分、やっぱりというか何というか、どの料理もかなり値が張るものばかり。私にとっては手の出ない、雲の上の存在という印象の高級店なんだけど……


「本当にごめんなさい。お洋服だけじゃなくて、食事のお代までカナタさん持ちにさせてしまって」

「なに、気にすることはないぞ」


 カナタさんときたら、私と一日出かけることが決まったその日のうちに、さっさとお店を予約してしまったらしいのだ。帰港した海軍の兵士が来店するということで、お店側としても歓迎ムードで、割とすんなり席を用意してもらえたそうだ。


「私、働けるようになったら、絶対にお代返しますからね。洋服はプレゼントしてもらってしまったので、食事代だけでも」

「ううむ。そこは素直に奢られていてくれたほうが、男としては嬉しいんだがなあ」


 カナタさんはそう言うけれど、私にだって意地があるのだ。もう16で、この国の法律で考えても大人に近付いている以上、カナタさんによくしてもらっているだけじゃ嫌だ、という意地が。

 それはそれとして、「男としては嬉しい」っていう言い回しには、私も嬉しくなってしまうのだけれど。


「しかし、お互い気に入った料理があってよかったなあ! メリーはあれだったか。『サーモンと五色野菜のテリーヌ』?」

「あ、そうです! 味はもちろんなんですけど、見た目も本当に綺麗で。気に入っちゃいました」

「うんうん、さっきもはしゃいでいたもんなあ。『見てください、宝石箱みたいですよ!』なんて言って、可愛かったなあ?」

「わ、忘れてください……!」


 料理が運ばれてきた時の私の感想を、一字一句違えずそらんじてみせるカナタさんに、思わず頭を抱えてしまった。はしゃぎすぎた自覚がある分、余計に恥ずかしい。


「っていうか、カナタさんが意外すぎるんです! あんなおいしい料理が出てきて、もっとはしゃぐと思ってたのに……」

「ん? ああ、まあ、仕事柄な。上官にこういう店に連れてきてもらうこともあるからな」

「あ、なるほど……」


 悔しいけれど納得してしまう。

 過ぎた時間と経験って、人を大人にするんだなあ。そう、しみじみと感じ入った。


「それで、このあとはどうする? 市場マルシェは一通り見て回ったことだし、このあとはのんびりしてもいいと思うんだが」

「いいですね。私、カナタさんともっとゆっくりお話がしたいです」

「決まりだな」


 カナタさんは嬉しそうに笑って、港のほうへ目を向けた。


「それなら、もうしばらくここで、この景色を堪能しながら一緒にいよう。折角だし、デザートと飲み物も頼むか?」

「あ、あんまり甘やかさないでください!」

「今日だけにするから」


 駄目か?

 そう言って、こてんと首を傾げるカナタさん。

 その仕草はずるい。歳の割に幼く見える分、余計に似合ってるんだもん。

 それに、甘やかされるのは……気が引けるのは本当のことだけど、そうされて嬉しいのも本当のことだから。


「……今日だけですからね」

「! ああ!」


 自分のほうがよっぽど嬉しそうに笑うと、カナタさんは、近くのウェイターさんを呼びつける。日替わりのデザートと紅茶を注文すると、ウェイターさんはカナタさんと私とを交互に見遣ると、にっこり微笑んで厨房へ向かっていった。


「どうだ、メリー。俺が出て行ってからも、元気でやっていたか?」

「はい。孤児院のみんなも、相変わらずです」

「そうか。学校はどうだ? 勉強も難しくなってきただろう」

「はい。でもその分、ユーノ君とカルロ君と一緒に、お互い得意な教科を教え合っているので、何とかなっていますよ」

「そうか! あの二人も、昨日は元気そうにしていたなあ。いいことだ」


 デザートと紅茶を待つ間、カナタさんとの話に花が咲く。岸壁に打ちつける波音が、店内に流れるゆったりとした音楽と相まって、耳に心地良かった。


「カナタさんは、どうですか? 海軍のほうでは。訓練、大変でしょう?」

「まあ、この一年ですっかり鍛えられたから、慣れたと言えば慣れたな! 初めの頃は、俺も周りについていくのが精いっぱいだったが、その分体力もついてきたしな」


 そう言って笑うカナタさんの笑顔は、孤児院にいた頃と変わらないようで、やっぱり少し違っている。

 いつも見せる豪快な一面とは違う、柔らかくはにかむ、ちょっぴり大人びた笑顔。

 ミドナを出て、外の町で暮らして、色んなものを見て、聞いて、感じて、学んで。

 その時間と経験が、カナタさんを変えたんだ。あの日の出来事が、子どもだったカナタさんを大人にしたように。

 それは、嬉しくて頼もしいことだけれど、やっぱり少し、寂しくって――

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