旅人と恋人たちと永劫の別れ
①
「いやあ、美味かったなあ!」
「はい! とってもおいしかったです」
満足そうに笑うカナタさんにつられて、私も感嘆の溜め息をついた。
私たちがいるのは、港にあるレストランのテラス席。
プランポール一の絶景を一望できると評判のこのお店で、私たちは少し遅い昼食をとったところだった。
「でも、カナタさんがこのお店を予約してただなんて、知りませんでしたよ」
「はっはっは、サプライズも悪くないだろう?」
「心臓に悪いですよ!」
そんなふうに話しながら、私は、このお店に連れてこられた時のことを思い返していた。
このレストランは、ブランポール公国でも指折りの評判を持つお店。グルメ雑誌でもたびたび紹介されるような有名店だ。
その分、やっぱりというか何というか、どの料理もかなり値が張るものばかり。私にとっては手の出ない、雲の上の存在という印象の高級店なんだけど……
「本当にごめんなさい。お洋服だけじゃなくて、食事のお代までカナタさん持ちにさせてしまって」
「なに、気にすることはないぞ」
カナタさんときたら、私と一日出かけることが決まったその日のうちに、さっさとお店を予約してしまったらしいのだ。帰港した海軍の兵士が来店するということで、お店側としても歓迎ムードで、割とすんなり席を用意してもらえたそうだ。
「私、働けるようになったら、絶対にお代返しますからね。洋服はプレゼントしてもらってしまったので、食事代だけでも」
「ううむ。そこは素直に奢られていてくれたほうが、男としては嬉しいんだがなあ」
カナタさんはそう言うけれど、私にだって意地があるのだ。もう16で、この国の法律で考えても大人に近付いている以上、カナタさんによくしてもらっているだけじゃ嫌だ、という意地が。
それはそれとして、「男としては嬉しい」っていう言い回しには、私も嬉しくなってしまうのだけれど。
「しかし、お互い気に入った料理があってよかったなあ! メリーはあれだったか。『サーモンと五色野菜のテリーヌ』?」
「あ、そうです! 味はもちろんなんですけど、見た目も本当に綺麗で。気に入っちゃいました」
「うんうん、さっきもはしゃいでいたもんなあ。『見てください、宝石箱みたいですよ!』なんて言って、可愛かったなあ?」
「わ、忘れてください……!」
料理が運ばれてきた時の私の感想を、一字一句違えずそらんじてみせるカナタさんに、思わず頭を抱えてしまった。はしゃぎすぎた自覚がある分、余計に恥ずかしい。
「っていうか、カナタさんが意外すぎるんです! あんなおいしい料理が出てきて、もっとはしゃぐと思ってたのに……」
「ん? ああ、まあ、仕事柄な。上官にこういう店に連れてきてもらうこともあるからな」
「あ、なるほど……」
悔しいけれど納得してしまう。
過ぎた時間と経験って、人を大人にするんだなあ。そう、しみじみと感じ入った。
「それで、このあとはどうする?
「いいですね。私、カナタさんともっとゆっくりお話がしたいです」
「決まりだな」
カナタさんは嬉しそうに笑って、港のほうへ目を向けた。
「それなら、もうしばらくここで、この景色を堪能しながら一緒にいよう。折角だし、デザートと飲み物も頼むか?」
「あ、あんまり甘やかさないでください!」
「今日だけにするから」
駄目か?
そう言って、こてんと首を傾げるカナタさん。
その仕草はずるい。歳の割に幼く見える分、余計に似合ってるんだもん。
それに、甘やかされるのは……気が引けるのは本当のことだけど、そうされて嬉しいのも本当のことだから。
「……今日だけですからね」
「! ああ!」
自分のほうがよっぽど嬉しそうに笑うと、カナタさんは、近くのウェイターさんを呼びつける。日替わりのデザートと紅茶を注文すると、ウェイターさんはカナタさんと私とを交互に見遣ると、にっこり微笑んで厨房へ向かっていった。
「どうだ、メリー。俺が出て行ってからも、元気でやっていたか?」
「はい。孤児院のみんなも、相変わらずです」
「そうか。学校はどうだ? 勉強も難しくなってきただろう」
「はい。でもその分、ユーノ君とカルロ君と一緒に、お互い得意な教科を教え合っているので、何とかなっていますよ」
「そうか! あの二人も、昨日は元気そうにしていたなあ。いいことだ」
デザートと紅茶を待つ間、カナタさんとの話に花が咲く。岸壁に打ちつける波音が、店内に流れるゆったりとした音楽と相まって、耳に心地良かった。
「カナタさんは、どうですか? 海軍のほうでは。訓練、大変でしょう?」
「まあ、この一年ですっかり鍛えられたから、慣れたと言えば慣れたな! 初めの頃は、俺も周りについていくのが精いっぱいだったが、その分体力もついてきたしな」
そう言って笑うカナタさんの笑顔は、孤児院にいた頃と変わらないようで、やっぱり少し違っている。
いつも見せる豪快な一面とは違う、柔らかくはにかむ、ちょっぴり大人びた笑顔。
ミドナを出て、外の町で暮らして、色んなものを見て、聞いて、感じて、学んで。
その時間と経験が、カナタさんを変えたんだ。あの日の出来事が、子どもだったカナタさんを大人にしたように。
それは、嬉しくて頼もしいことだけれど、やっぱり少し、寂しくって――
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