「――メリー?」


 ふと、どこか心配そうなカナタさんの声が、意識の外からぼんやりと聞こえてきた。


「っ、はい! 何ですか?」

「ああ、驚かせてすまない。何だかぼうっとしていたようだから、どうしたのかと思ってな」

「あ……」


 いけない。カナタさんを不安にさせちゃった。

 二人でいる間は、せめて、いつも通りの元気な私を見せていたいのに。


「ごめんなさい。デザートがどんなのかなあと思っていたら、ちょっとぼんやりしちゃって」

「……本当か? 何か、もっと他のことを考えて――いや、悩んでいたんじゃないのか?」


 言い訳をしてみても、存外鋭く切り込んでくるカナタさん。

 ……敵わないなあ、本当に……


「……大丈夫ですよ、本当に」

「…………」

「心配してくれて、ありがとうございます」

「……いや、いいんだ。メリーがそう言うなら、俺は信じる」


 カナタさんはそう言って、小さく笑った。

 その笑顔が少し寂しそうに見えて、つきんと胸が痛む。

 ああ、そんな顔をしないでほしいのに。

 私が弱虫で、こんな嘘をつくことでしか自分を守れないから、あなたにそんな顔をさせちゃうんだね。


「(……ねえ、カナタさん)」


 ふと、心の中で、目の前の彼に呼びかける。

 カナタさん。私たち、どうしてこうなっちゃったのかな。

 私たちの気持ちは――対等な立場で、同じ思いを向け合って、隣に立っていたい気持ちは、きっと同じはず。

 それなのに、実際は、弱い所を見せることも素直に甘えることも出来ない。

 お互いに大人になればなるほど、どんどん、本当の自分のままでいられなくなっていくの。

 素敵なお洋服で着飾って、おいしいご馳走でお腹が満たされていて。

 それなのに、心だけが、何かが足りないって叫んでるみたいに、ずきずきと痛むんだ。


 思わず、ワンピースの胸の部分をきゅっと握りしめて俯く。

 じわりと視界が滲んで、自分が泣きそうになっているのに気付いた。


「メリー」


 優しい声がした。

 俯いた私の頭を、大きくて温かい、男の人の手のひらが優しく撫でてくれる。


「すまない」


 そんなふうに言う声が、あまりにも穏やかだったから。

 堪え切れなかった涙が、とうとう、ぼろぼろと雫になって落ちていく。


「覚えてるか? メリー。小さい頃、俺を守ってお前がぶたれた日のことを」

「……うん」

「俺はな、メリー。お前にそんな顔をさせたくなくて、強くなろうと心に決めた。海軍に入ったのもそのためだ。この国の平和を守っていけるほどに強い男になれば、お前に二度と辛い思いをさせずにいられると、傲慢にも、そう思っていたんだ」


 だが、駄目だな。

 そう言って、彼が、ふっと笑う気配がした。


「俺はまた、失敗した。大切な女の子を、泣かせてしまった。俺が弱さを見せなくなったことで、お前も余計に、辛さや苦しさを吐き出せなくなった――それを分かっていたのに、お前の気持ちを、正しく汲み取ってやれなかった」


 涙を必死で拭いながら、私は息を呑んだ。

 カナタさんは、気付いていたんだ。

 彼と同じように、私もまた、小さい頃のあの出来事を境に、不器用ながらも強くなろうとしたことを。

 大人になっていく『カナタくん』の枷になりたくなくて、我ながら無理をして、強い人に――大人になろうとした。

 それを、この人は、分かっていたんだ……


「だから、これから先、同じ過ちは犯したくない。もう二度と」


 そんな言葉と共に、カナタさんの手が、そっと頬に添えられた。

 彼の指先が、私の目尻に触れる。

 また零れ落ちそうになっていた涙を拭い去っていく感覚がくすぐったくて、思わずびくりと体が跳ねる。


「メリー」


 真剣な声に呼ばれて、どくんと大きく心臓が音を立てた。

 いつもの倍くらい、それよりももっと速いかもと思えるほどにせわしく鼓動する胸を、そっと押さえる。

 ゆっくりと顔を上げれば、彼の赤茶色の瞳が、燃えるような光を宿して私を見つめていた。


「――っ、」


 心臓が破裂しそうなくらいに緊張しているのに、目を逸らせない。

 体中を駆け巡った熱が頬に集まって、熱い。

 わなわなと震える私の唇をそっと指先でなぞると、カナタさんは、どこか熱っぽくも真剣な表情で口を開いた。




「メリー。俺は――――」




 ――瞬間。


 何かが破裂するような音が響いたかと思うと、激しい衝撃と熱が、私たちを襲った。

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