③
ユーノとカルロ、そして旅人がそれを目にしたのは、港の見える広場で昼食を食べていた時だった。
「旅人さんが気にしてた船ってどれ?」
「あれだよ。ほら、少し遠くにいるだろう」
「あ、本当だ。うーん、ここからじゃまだ、どんな船か見えないなあ」
「でも、だんだん港に近付いて来てる?」
「そのようだね」
噴水広場のベンチに座り、露店で調達したサンドイッチを片手にそんな会話をする。
先ほど
「でも、黒い帆の船が特別珍しいかっていうと、そうじゃないもんね。ユーノ君」
「そうだよね、カルロ君。二〇隻に一隻くらいは来るよね」
「そうなのかい?」
「外国の商船に、案外多いみたいだよ」
「船のお洒落のつもりなんじゃない?」
そう言いながらサンドイッチをぱくつく双子は、どうも、あの船への違和感はあまり抱いていないらしい。
胸のざわつきは消えないが、二人がそう言うのなら心配もないか。
沖合の船への警戒をほんの少しだけ解いたところで、旅人もようやく、ちびりとサンドイッチをかじった。
「それにしてもさあ」
ふと、足をぶらつかせながらそう言ったのは、ユーノだ。
「メリーとカナタさん、今頃、何してるのかなあ?」
そう言って彼が見遣るのは、小一時間ほど前に二人が入っていったレストランだ。
流石にあの店まで入って様子を探りに行くのは難しいだろうということで、三人は尾行を諦め、こうして広場で昼食を食べている。
「何をもなにも、昼食をとっているんじゃないか?」
「甘いよ旅人さん! いい雰囲気の男女二人がレストランに入ったら、食事だけで事が済むわけがないんだよ!」
「そうだよ旅人さん! 今頃、二人で込み入った話が始まっちゃってるかもよ!?」
あっさりとした旅人の返事に、ユーノは鼻息荒く言い返す。カルロと共に、熱の込もった様子で寸劇まで始める始末だった。
「『メリー、俺が居ない間、寂しくなかったか?』」
「『……本当は、とっても寂しかったです』」
「『そうか。だが、もう寂しい思いはさせない。……これを』」
「『カナタさん、これって……』」
「『メリー。俺たちはまた離ればなれになってしまうが、俺はいつでも、どこにいても、お前のことを一番に想っている。――俺と、結婚してくれないか』」
「『カナタさん……!』」
指輪を差し出すような格好で跪くユーノに、瞳を潤ませるカルロ。何度でも言うが、これはただの、二人の妄想による寸劇である。
『――なーんてことになってるかもしれないんだよ!?』
「そ、そうか……」
綺麗に口を揃えた二人の勢いに押し負け、旅人は、ごくんと音を立ててサンドイッチを飲み込んだ。
「まあでも、あの二人は遅かれ早かれこういうことにはなりそうだよねえ」
「だよねえカルロ君。だってあの二人、どこからどう見たって相思相愛なんだもん」
「むしろちゃっちゃとくっついちゃえばいいのにって感じだよね!?」
「分かるよカルロ君!」
メリーとカナタの関係性を語り合っては身悶えする、ユーノとカルロ。手にしている食べかけの昼食のことなど、すっかり頭から抜け落ちているようだ。楽しそうだなあと他人事のように眺めながら、旅人はもくもくとサンドイッチを食べ進めて――
――ドオン!
地鳴りにも似た低い音が聞こえたのは、その時だった。
「……?」
サンドイッチを食べ終え、手を拭いた姿勢のまま、旅人は視線を動かした。
「ユーノ、カルロ」
「んー?」
「どうしたの、旅人さん?」
「今、どこかで、こう……地響きというか……何か音がしなかったか?」
「地響き? そんなの聞こえた?」
「ううん、分かんない。何かあったのかな?」
旅人につられて、ユーノとカルロも辺りを見回し始める。それでも、遠くから響いたその音の発生源を、三人は見つけられなかった。
否――見つけるより早く、別の大きな音に、気を逸らされたのだ。
――街路を挟んだ先にある建物が、激しく爆発する音に。
『わあああっ!?』
「ッ――!?」
もうもうと上がる煙と広場まで届くほどの爆風に、双子は悲鳴を上げ、旅人も少なからず驚いて息を呑んだ。
爆発した建物からは程なくして火の手が上がり、上がる煙は次第に黒々としたものに変わっていく。周囲にいた人々の口からは、混乱と恐怖で悲鳴が飛び出した。
事態を理解した者たちのどよめきが、一気に街中に広がっていく。突然の事態に揃って飛び上がっていたユーノとカルロも、混乱した様子で交互に口を開き始めた。
「なになにっ? 何が起こったの!?」
「建物が爆発しちゃった……何で……? って、ああ!」
「どうしたの、ユーノ君っ?」
「あれ見て、カルロ君! 旅人さんが見てたあの船、煙が出てる!」
「ええっ? あっちも爆発しちゃったの!?」
「でも、あっちは火が上がってない。というかあれ、よく見たら――」
「……た、大砲!? もしかして、こっちに撃ってきた!?」
「どうしよう、ユーノ君!」
「どうもこうも逃げるしかないよ、カルロ君!」
わあわあと騒ぎ出す双子の傍らで、旅人はいくらか冷静に状況を確認していた。
今、向かいの通りにある建物が爆発したのは、ユーノとカルロが気付いたように、港へ向かっている艦船からの砲撃が原因だった。
そして、あの船の掲げている帆。それに描かれた、大きな髑髏の図柄。
旅人は思い出した。
船にあの旗印を掲げる人々は、俗に『海賊』と呼ばれる者たちであることを。
今に、あの船は港に辿り着き、海賊たちがこの国の土を踏むだろう。それまでに、第二第三の砲撃があっても何らおかしくない。
何よりも――旅人と、ユーノとカルロ。三人にとっての最悪の事態は、もう既に起こってしまっていた。
「二人とも。どうやら、私たちは逃げている場合ではなさそうだよ」
「えっ?」
「どういうこと? 旅人さん!」
「あそこ。よく見てごらん」
旅人に促され、たった今砲撃を受けたばかりの場所へ目を凝らす双子。
彼らは、ようやっと、何が起こったのかを真に理解し――悲鳴を上げることも出来ず、その表情に絶望の色を浮かべた。
「……嘘だよね? ユーノ君、旅人さん」
「……嘘じゃないみたい。カルロ君」
「だったら、早く……早く、行かなきゃ!」
「急ごう! 今ならまだ間に合うよ!」
旅人が頷くよりも早く、ユーノとカルロは、震える足を懸命に動かして走り出す。
――メリーとカナタが仲睦まじく足を運んでいった、あのレストランへ向かって。
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