ズズ……ゴトン。

 ズズ……ゴトン。


 何かを引きずるような音で、目が覚めた。

 ゆっくりと目を開けると、自分の部屋とは違う天井が目に入る。

 体を起こして辺りを見回せば、宴で騒いでいた村人たちが、そこかしこに寝転がっている。


 そうだった。

 俺たち、宴が終わったあと、疲れ果てて雑魚寝してたんだ。

 壁にかかっている時計を見れば、時刻はまだ夜中の二時を回ったばかり。

 もうひと眠りするか、と、もう一度畳の上に転がった――その時。


「……失礼します」


 誰に聞かせるでもないような、小さな声とともに、誰かが部屋に入ってきた。

 びっくりして、思わず声が出そうになるのを何とかこらえる。

 そして、俺は、寝返りを打つふりをしながら、入ってきたやつを、よくよく観察することにした。

 入ってきたのは、黒い外套と黒い帽子を身に着け、棺を背負った、あの旅人だった。


「(あいつ……こんな夜中まで起きてたのか)」


 何しに来たんだ?

 そう思いながら、寝息を立てるふりをする俺。

 俺のことに気付いていない様子で、旅人は、棺を下ろして畳の上に置くと、寝転がっている村人の一人の近くにそっと座りこんだ。

 そして、何を思ったのか、旅人はそっと、その村人の口元に手をやる。


「……口、鼻、ともに呼吸なし」


 ……は?


 聞こえてきた言葉に、そんな声が出そうになる。

 呼吸なし? なんの冗談だよ。

 そう言いたくなるのを我慢している間にも、旅人は、今度はその村人の首――ちょうど、あごの近くの、太い血管がある辺りに手を当てた。


「脈拍、なし」


 脈が……ない?

 そんなばかなこと、あるもんか。

 そう思っている俺にはやっぱり気付かず、旅人は最後に、その村人の胸に耳を当てた。


「……心音もなし。心肺活動は、完全に停止しているな」


 そう呟いた旅人は、心なしか、とても辛そうな顔をしていた気がする。

 旅人は、そのあとも、他の村人たち全員に、同じように呼吸と脈拍・心音の確認をして回っていた。

 村で一番仲の良かった友達も。

 よく遊び相手になっていた、年下の子どもたちも。

 時に俺を頼り、時に俺を助けてくれた大人たちも。

 キジュウロウさんも。

 そして――俺の母さんも。

 その全員に、旅人は、「呼吸なし」「脈拍なし」「心音なし」と、淡々と告げていった。


 なんだ、これ……?

 旅人。

 あんた一体――何、やってるんだよ。


 そうして混乱している俺のもとにも、旅人が近づいてくる。

 どうしよう。

 まだ寝たふりをしていればいいのかどうか、もう俺には分からない。

 とにかく目をつぶってじっとしたまま、旅人の出方をうかがっていた俺だけれど――


「……君は、起きて――いや、“生きて”いるんだね」


 旅人の、安心したような優しい声に、思わずハッとして、寝たふりどころじゃなくなってしまった。


「さあ、起きてくれないか」


 優しい声で、旅人が俺を揺り起こす。

 もう、眠ったふりは通じない。

 覚悟を決めて、俺は、目を開けた。


「私が何をしていたか、見たのかい?」


 おはようの言葉も、何の前置きもなしに、旅人は、俺にそう訊ねてくる。

 隠したってしょうがない。

 俺が、黙ってこくりと頷くと、旅人は、ふっと苦笑して、「そうか」と呟いた。

 それから少し、何かを考え込むように俯くと、やがて、覚悟を決めたように顔を上げる。


「タケル。今から、とても大切な話をするよ。これは、今この時間、君だけにしかできない話だ」

「俺だけ?」

「そうだ。信じがたい話かもしれないが、私の話は、全てが真実だ。簡単に受け容れろとは言わないし、受け容れられないとも思うが、最後まで、きちんと聞いてくれ」


 あまりにも突然の頼みに、俺は面食らう。

 大事な話?

 よそ者の旅人が、俺に?

 何で、俺なんかに、そんなことを言うんだろう。

 不思議に思う気持ちで頭がいっぱいになる。けれど、旅人の真剣な顔を見ていると、ああ、これはちゃんと聞かなきゃいけない話なんだなって、自然と理解できた。


「分かった。聞く」

「……ありがとう」


 俺が頷くと、旅人は、ほっとしたように息を吐いた。

 ゆっくり話ができそうだからと、どちらからともなく縁側へ移動する。

 縁側に座って、一息ついたところで、旅人は話し始めた。

 この村に――この村の住人に、一体、何が起こっているのか。

 その、真実を。




「君、大陸の共用言語は読めるかい?」


 外套の内ポケットから何かを取り出しながら、旅人がそう訊ねてくる。

 恥ずかしながら、俺はちゃんと学校に通って勉強ができていないから、このあたりの地域の言語しか分からない。

 素直に首を横に振ると、旅人は、ただ「そうか」とだけ言って、取り出したそれがなんなのかを説明してくれた。

 そういえば、旅人って、すんなりこのあたりの言葉をしゃべってるし、聞き取って理解もしてるよな。頭がいいんだろうな。すげえ。


「これは、外つ国の学者が書いた、とある病気の事例に関する報告書の写しだ」

「病気の事例……報告書?」


 神妙な顔をして頷いた旅人は、そのまま、報告書の一部分を指で示す。


「それで、読み始める前に、ここ……この報告書に出てくる、『コトヒラ村』。これは、この村の名前で合っているかな?」


 コトヒラ村。

 それは、確かに、この村の名前だった。

 だけど、何で、病気の事例報告だかなんだかに、この村の名前が出てくるんだ?

 俺が首を傾げていると、旅人は、少し辛そうに、「いいかい」と俺に言い聞かせてきた。


「これから、この報告書に書いてあることを、そのまま読み上げる。私の話はそのあとだ。辛いとは思うが、最後までしっかり聞いてほしい」

「……ああ、分かった」


 旅人の真剣な様子に気圧されるようにしてうなずけば、旅人は、俺よりもよっぽど辛そうな顔をした。

 それでも、またすぐに元の無表情に戻ると、手にした紙に書かれた内容を、淡々と読み上げていく。


 そこに書かれていた事実は、あまりにも――

 声が出なくなるほどに衝撃的で、気が遠くなるような内容だった。

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