『とある植物学者による調査報告書』

 虚歴1×××年。我々は、医師団をともない、コトヒラ村を訪れた。

 この村では、偶然この村を訪れたある医師から、村人のほとんどが謎の病に罹ったという報告が、研究機関に届いていた。


 (中略)


 さて、一ヶ月間の調査の末、我々は、村人たちを襲った病の正体を突き止めた。

 ――『桜熱おうねつ病』だ。


 桜熱病は、通常ヒトからヒトへ感染し、数日間にわたる高熱に加え、意識の混濁や出血斑を生じる。まれに手足の壊死を起こし、適切な治療が施されなかった場合、やがては心臓の働きが止まる。

 この病の恐ろしいとされる点は、『桜』という字が示す通り、サクラと呼ばれる樹をはじめとする植物にも感染する点だ。

 植物が桜熱病の原因となるウイルスに感染した場合、その植物は、細菌に冒された花粉を周囲に飛散させる。そして、それが体内に取り込まれることで、人間にも病が伝染するのだ。


 この村で病にかかった者たちは、みな一様に、顔や腕などに黒い斑点を生じていた。中には、手足が壊死した者もおり、すでに心臓の止まってしまった者も確認された。

 それでも人々が命を落とさずにいるのは、ひとえに、この世界にかけられた、神のまじないのせいだろう。最早、我々に尽くせる手は、残されていなかった。




 せめて、今後、桜熱病に冒されたこの村に、外から立ち入る者がいなくなるように。

 そして、この村で病の犠牲となった人々の魂に、安寧が訪れるように。

 そう祈りを残し、我々は、調査終了後、速やかにコトヒラ村を後にした。






記:ロベルト・カニンガム(『緑萌ゆる国』・植物学者)

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