③
山の端から日が昇り、少し経った頃。
旅人は、すっかり旅の支度を済ませ、キャロの家の前にいた。
「旅人さん、もう行っちゃうんですか?」
寂しげに旅人を見上げるキャロの頭を撫でて、旅人は微笑む。
「ああ。本当なら、もう一日くらいは留まっていようかと思っていたのだけれど……」
そこで、旅人は一度目を伏せて、何かを考え込むような表情を見せる。
だが、すぐに元通りの笑みを浮かべて、言った。
「……ここにはどうやら、私の探している人は、いないようだから」
「探している人、ですか?」
「ああ」
旅人が頷くと、キャロの母親が身を乗り出して申し出る。
「お心当たりがあるのでしたら、私たちも一緒に探しましょうか?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
それに首を振って、旅人は、空を見上げた。
明け方の太陽に照らされた大空を、一羽の鳥が、翼を大きく広げて悠々と飛んでいく。
その姿に目を細め、旅人は「何しろ」と口を開く。
「〝彼〟は、世界中のどこにいるのかも、そもそも、本当に存在しているのかすら分からない」
そんな人ですから。
その言葉に、キャロと彼女の母親は、不思議そうに顔を見合わせる。
この世のどこにいるのか、そもそも存在しているのかも分からない相手を探しているだなんて聞けば、訝しむのも当然だ。
しかし、そう考える旅人に、やがて、キャロはにこやかな笑みを浮かべたのだった。
「いつか、会えるといいですね。その人に」
「……ああ。その時まで、私はまた旅を続けるよ」
それじゃあ。
そう言い残し、そっとキャロの手を解いて、旅人は街の出口に向かって歩き出した。
その背中に、キャロと母親はいつまでも、いつまでも手を振るのだった。
「旅人さーん! ありがとうー!」
「どうか、よき旅路を!」
アルベリトスの街を離れて、森の中を歩きながら、旅人は一人、思う。
「(死してなお、家族を想い、家族に想われる――か)」
皮肉にも、あの家族――少なくともキャロにとっては、父親の死という出来事が、より親子の愛を深めるきっかけになったのではないだろうか。
そんなふうに考えながら、旅人は、そっとため息をついた。
葬儀人として生きてきて、もうどれくらい経つだろう。
死んでいながらも生き永らえてしまった人々に、たくさんの〝死〟を与えてきた。
今回のキャロたちのように、死者自身からも、死者の家族からも感謝される――そんな、心ばかりのハッピーエンドに納まることばかりではない。
恨みの気持ちをぶつけられ、呪詛めいた言葉を吐かれることだって、多々あった。
それでも、旅人は死者を送ることをやめず、旅路を歩く足も止めない。
旅人には、どうしても会いたい相手がいる。
〝彼〟に会って、成さなければいけないことがある。
それを果たすその日まで、この旅が終わることはない。
森に影を作る木々の上、どこまでも高く広がる青色のカンバスを見上げる。
そして旅人は、背負った棺を一度軽く揺すって、呟くのだった。
「――さて、次はどこへ行こうか」
【Ⅰ.木組みの街・アルベリトス編――了】
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