⑤
「冷たーい!」
グレープのジェラートを一口食べて、ユーノがきゅっと目を細める。
「旅人さん、ごちそうしてくれてありがとう!」
レモンのジェラートを一口食べて、カルロが嬉しそうに笑った。
「なに、店まで案内してくれた礼だよ」
そう言いながら、旅人もミルクのジェラートを口に運んだ。
場所は移り、ジェラートが名物となっている
夏の日差しの下で食べるジェラートは、より冷たさを感じられて美味しい。
これで、知人たちに存在がばれやしないだろうかとはらはらする必要さえなければ、もっと良かったのだろうが――
そう思いながら、旅人は、少し離れた席に座っているメリーとカナタをちらりと見遣った。
二人は向かい合うように座って、冷たい
一口ジェラートを食べ、蕩けるような笑顔を見せるメリー。
それを見て満足そうに笑ったカナタが、自分の持っているコーンカップからジェラートを掬い取り、メリーの口元へ差し向ける。
「こっちも食べてみろ、美味いぞ!」
口の動きからすると、そう言っているのだろう。
途端に顔を真っ赤にするメリーだったが、やがて、彼女は意を決したように、差し出されたスプーンの先をぱくりと咥えた。
「うわ、見てよカルロ君、旅人さん! 『あーん』ってしてるよカナタさん!」
「カナタさん、あれは無自覚にやってるねえ」
「メリーもかわいそうだなー、一方的に照れさせられてるばっかりだもんね」
ユーノとカルロは、その光景をまるっきり面白がって、ひそひそ声で笑っている。
あまり面白がってやるのもどうだか、と思いながら、旅人はまた一口、ジェラートを口にした。
だって、カナタとしては、単純に、自分が美味しいと感じているものをメリーと共有したいだけなのだろう。
それに、メリーもメリーで、カナタがその行為をなんとも思っていないことを分かっていながらも、どうしても照れてしまう自分を恥じていることだろうし。
「(……まあ、でも)」
公共の場で堂々とあんなことをできる度胸には感心するが。
そんな思いでいる旅人の存在になど全く気付かない二人は、相変わらず見ているこちらが胸焼けしそうなやり取りを続けている。
顔を火照らせながらも、何とか「美味しいです」と伝えるメリー。
今さらになって、自分のした行為の意味に気付き、やはり顔を赤くするカナタ。
二人の初々しい様子に微笑みながら、旅人はふと、眼下に広がる海を眺めた。
港町であるここ――ブランポールには、日々、数々の船が来港するのだと、昨日、メリーたちが教えてくれた。
実際、港には、昨日帰ってきたばかりの海軍の軍艦が数隻あるほかにも、漁船や旅客船、商船など、種々様々な船が停泊している。
だから、今日も、また新たな船が来ることには、何の違和感もないはずなのだ
――が。
「……?」
まだ港からは遠い沖合にいるその船たちをたまたま見つけた旅人は、目を凝らして船を観察する。
拭えない違和感と、ふと過った一抹の不安を否定するために。
「? 旅人さん?」
「どうしたのー?」
旅人の様子がおかしいことに気付いたユーノとカルロが、不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「ああ……いや」
大したことではない――と、いいのだが。
そう思いながらも、旅人は、視界に捉えたそれらを指さす。
「あの船団――何だか、妙な気配を感じるんだ」
――黒い
†
「す、すまない、メリー。その……」
「もういいです言わないでください余計に恥ずかしくなります」
目を泳がせながら歩くカナタさんは、ついさっき、私にジェラートを食べさせた時のことを、今さらになって恥ずかしがっているらしかった。
「だ、だが、あんまりにも非常識だと思ったんだ。公衆の面前で……その……か、間接キス、など……」
「言わないでくださいって言ったじゃないですか! 私だって恥ずかしかったけど言わないようにしてたのに!」
「す、すまん!」
そんなふうに話しながら、互いに顔を見ることも出来ずに歩いていく。
そんな私たちを見る、街の人たちの視線や、ひそひそ話をする声が、ただひたすらにくすぐったい。
向けられる視線は、刺さってくる、というよりも、私たちを柔らかく包み込んでいるよう。
耳に届く話し声も、「あらあら若いわねえ」とか、「初々しくて可愛いなあ」とか、見守る気持ちと冷やかしの心が半々のようで、聞いていて恥ずかしくなってしまう。
「も、もうこの話、やめにしましょう。次、どこに行きますか?」
「そ、そうだな……ううん……」
あわてて話題を切り替えると、カナタさんは少し悩んで、それからこう提案してきた。
「今日のところは、
いいか?
そわそわしながら、私の顔色をうかがうカナタさん。
「(……ああ……)」
そうだ。
そうだった。
彼は、あと数日もすればまた船に乗って、海の向こうへ、遠い国へと旅立ってしまう。
だったら、この街の景色をしっかりと見ておきたいと思うのも、当然のことだろう。
……そんなの、最初から、分かっていたはずなのに。
「……寂しいな」
思わず、ぽろりと本音が零れる。
嫌だな。
まだまだ、もっと、ずっと、カナタさんと一緒にいられたらいいのに。
「メリー?」
心配そうに訊ねてくるカナタさん。
……駄目だ。
カナタさんを、心配させちゃいけない。
不安にさせちゃいけない。
また旅立っていく彼のために、私は、元気でいなくっちゃ。
「何でもないです。行きましょう!」
平気なふりをして、笑顔を作ってみせて、私は、カナタさんの手を引いて歩き出す。
カナタさんは、私の様子に違和感を覚えたのか、最初は戸惑っていたけれど、
やっぱり、カナタさんには、笑顔がよく似合う。
私なんかのことで、その表情を曇らせないでほしい。
だから、これでいいんだ。
そう思いながら、私は、彼と一緒にゆっくりと坂道を下っていった。
空には雲一つなく、さんさんと降り注ぐ陽の光が、白亜の建物を眩しく照らしている。
街はいつも通りの活気にあふれて、人々の笑顔が、それぞれがまるで小さな太陽であるかのように、あちこちできらきらと輝いていた。
その平和が、あっさり崩れ去ってしまうことなんて、私たちはまだ、知らない。
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