②
キャロの母親は、あっさりと旅人を泊めることを許した。
「うちに泊まりのお客様なんて、久しぶりだわ。たっぷりおもてなししなくっちゃ」
うきうきした調子でそう言うと、キャロの母親は、意気揚々と夕飯を作り始めた。
その日のメニューは、ガーリックバターをたっぷり塗ったバゲットと、トマトをたっぷり使ったサラダ、鶏肉とパプリカのコンソメ蒸し焼きにホワイトシチューと、豪勢なものだった。
旅人とキャロ、彼女の母の三人で、楽しくテーブルを囲む。
食卓では、旅人がしてきた旅の話や、キャロたちが暮らす日常の話に花が咲き、話題が尽きることはなかった。
しかし、そんな中、
「(……昼間も気になってはいたが)」
旅人は、あることがずっと気になっていた。
それは、この食卓に、キャロの父親の姿がないことだった。
旅人は思う。
キャロは昼間、あの喫茶店の店主は自分だと言った。
しかし彼女は、店を開いたのは父親だと言う。
そうだとすれば、普通なら昼間に店で仕事をしているはずなのだが――
「――さん、旅人さん?」
「っ」
自分を呼ぶ声で、ハッと我に返った。
気付けば、キャロが心配そうに顔を覗き込んでいる。
「あ、ああ。どうかした?」
「お母さんが、ずっと旅人さんを呼んでいたんですよ」
「お食事の手が止まっていたので……もしかして、お口に合いませんでしたか?」
しゅんとした様子で自分を見るキャロの母に、旅人は慌てて首を横に振った。
「そんなことはないです。とても美味しいですよ」
「そう、ですか? それは良かったです」
旅人の言葉に胸をなで下ろして、キャロの母は、思い出したように言った。
「そうそう、それでね。せっかくの何かの縁で知り合えたのに、まだ旅人さんのお名前をうかがっていないなと思ったの」
「名前、ですか」
「ええ。『旅人さん』じゃあ、味気ないでしょう?」
にこにこと笑う、キャロの母。
どうしたものか。
旅人は少し考えて、やがて口を開いた。
「名乗るほどの名はありません。ですが、職業柄といいますか……一応、【
葬儀人。
その名を聞いた瞬間に、キャロも、キャロの母親も、驚きに目を見開いた。
「葬儀人……? あなたが、ですか?」
「ええ、まあ」
キャロの母が恐る恐る訊ねると、旅人はこくりとうなずく。
それを見たキャロが、椅子をはね飛ばすような勢いで立ち上がり、旅人を指さす。
「だから言ったでしょう、お母さん! この人、絵本で見た葬儀人さんなんだよ!」
「こ、こら、キャロ!」
「だって、本当に絵本で読んだそのままなんだもの! 全身黒ずくめで、男の人か女の人かも分からない顔立ちをしていて、棺を背負って旅をしている謎の人!」
キャロは興奮したように言うと、そのまま旅人の手を取った。
「旅人さん、あなたが葬儀人さんを名乗るのを信用して、一つ、お願いごとをしてもいいですか?」
「お願いごと?」
「はい。実は――」
「キャロ!」
キャロの言葉を遮って、彼女の母親が声を上げる。
その表情は、何かを堪えるような、辛そうなものだった。
「旅人さんを困らせちゃ、駄目でしょう?」
「で、でも、お母さん」
「旅人さんも、ごめんなさいね。いきなりお願いごとだなんて」
「いえ。私は別に、困ってはいませんけれど」
キャロの母にそう言ったが、彼女はそそくさと席を立ち、夕飯の食器を片付け始めた。
まるで、これ以上、自分たちの事情に踏み込まれるのを嫌がるかのように。
「ですから、すみません。今の話は聞かなかったことに」
そう言い残して、キャロの母はキッチンに姿を消してしまった。
「…………」
そんな彼女の背中を見送ったあと、旅人は何かを考え、シチューの最後の一口を口にする。
旅人が少し動かした視線の先、チェストの上には、キャロたちの写った写真がある。
幼い少女と、その両親と思しき男性と女性が、喫茶店の看板を囲んで笑っている写真。
家族写真と思しきそれには、キャロと彼女の母、そして――見知らぬ男性が写っていた。
食事のあと、旅人は風呂を借り、キャロの髪を乾かしてやって、その夜は日付が変わるより早く寝床についた。
明日にはこの街を出て、次の目的地まで長い距離を移動する予定だ。体は、少しでも休めておくに限る。
このあとの旅の行程を頭の中で整理しながら、うつらうつらと眠りについた
――その晩の、真夜中のことである。
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