キャロの母親は、あっさりと旅人を泊めることを許した。


「うちに泊まりのお客様なんて、久しぶりだわ。たっぷりおもてなししなくっちゃ」


 うきうきした調子でそう言うと、キャロの母親は、意気揚々と夕飯を作り始めた。

 その日のメニューは、ガーリックバターをたっぷり塗ったバゲットと、トマトをたっぷり使ったサラダ、鶏肉とパプリカのコンソメ蒸し焼きにホワイトシチューと、豪勢なものだった。

 旅人とキャロ、彼女の母の三人で、楽しくテーブルを囲む。

 食卓では、旅人がしてきた旅の話や、キャロたちが暮らす日常の話に花が咲き、話題が尽きることはなかった。


 しかし、そんな中、


「(……昼間も気になってはいたが)」


 旅人は、あることがずっと気になっていた。

 それは、この食卓に、キャロの父親の姿がないことだった。

 旅人は思う。

 キャロは昼間、あの喫茶店の店主は自分だと言った。

 しかし彼女は、店を開いたのは父親だと言う。

 そうだとすれば、普通なら昼間に店で仕事をしているはずなのだが――


「――さん、旅人さん?」

「っ」


 自分を呼ぶ声で、ハッと我に返った。

 気付けば、キャロが心配そうに顔を覗き込んでいる。


「あ、ああ。どうかした?」

「お母さんが、ずっと旅人さんを呼んでいたんですよ」

「お食事の手が止まっていたので……もしかして、お口に合いませんでしたか?」


 しゅんとした様子で自分を見るキャロの母に、旅人は慌てて首を横に振った。


「そんなことはないです。とても美味しいですよ」

「そう、ですか? それは良かったです」


 旅人の言葉に胸をなで下ろして、キャロの母は、思い出したように言った。


「そうそう、それでね。せっかくの何かの縁で知り合えたのに、まだ旅人さんのお名前をうかがっていないなと思ったの」

「名前、ですか」

「ええ。『旅人さん』じゃあ、味気ないでしょう?」


 にこにこと笑う、キャロの母。

 どうしたものか。

 旅人は少し考えて、やがて口を開いた。


「名乗るほどの名はありません。ですが、職業柄といいますか……一応、【葬儀人アンダーテイカー】と名乗っています」


 葬儀人。

 その名を聞いた瞬間に、キャロも、キャロの母親も、驚きに目を見開いた。


「葬儀人……? あなたが、ですか?」

「ええ、まあ」


 キャロの母が恐る恐る訊ねると、旅人はこくりとうなずく。

 それを見たキャロが、椅子をはね飛ばすような勢いで立ち上がり、旅人を指さす。


「だから言ったでしょう、お母さん! この人、絵本で見た葬儀人さんなんだよ!」

「こ、こら、キャロ!」

「だって、本当に絵本で読んだそのままなんだもの! 全身黒ずくめで、男の人か女の人かも分からない顔立ちをしていて、棺を背負って旅をしている謎の人!」


 キャロは興奮したように言うと、そのまま旅人の手を取った。


「旅人さん、あなたが葬儀人さんを名乗るのを信用して、一つ、お願いごとをしてもいいですか?」

「お願いごと?」

「はい。実は――」


「キャロ!」


 キャロの言葉を遮って、彼女の母親が声を上げる。

 その表情は、何かを堪えるような、辛そうなものだった。


「旅人さんを困らせちゃ、駄目でしょう?」

「で、でも、お母さん」

「旅人さんも、ごめんなさいね。いきなりお願いごとだなんて」

「いえ。私は別に、困ってはいませんけれど」


 キャロの母にそう言ったが、彼女はそそくさと席を立ち、夕飯の食器を片付け始めた。

 まるで、これ以上、自分たちの事情に踏み込まれるのを嫌がるかのように。


「ですから、すみません。今の話は聞かなかったことに」


 そう言い残して、キャロの母はキッチンに姿を消してしまった。


「…………」


 そんな彼女の背中を見送ったあと、旅人は何かを考え、シチューの最後の一口を口にする。

 旅人が少し動かした視線の先、チェストの上には、キャロたちの写った写真がある。

 幼い少女と、その両親と思しき男性と女性が、喫茶店の看板を囲んで笑っている写真。

 家族写真と思しきそれには、キャロと彼女の母、そして――見知らぬ男性が写っていた。




 食事のあと、旅人は風呂を借り、キャロの髪を乾かしてやって、その夜は日付が変わるより早く寝床についた。

 明日にはこの街を出て、次の目的地まで長い距離を移動する予定だ。体は、少しでも休めておくに限る。

 このあとの旅の行程を頭の中で整理しながら、うつらうつらと眠りについた


 ――その晩の、真夜中のことである。

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