Ⅲ.桜の美しい村・コトヒラ
“かたな”のはなし
「とうさん。とうさんは、“かみきりし”なんだよね?」
麗らかな日和のその日、少年は、父の膝の上でそう問うた。
「そうだ。それがどうかしたのか?」
頷きつつも問い返す父の顔を見上げ、少年は不思議そうに首を傾げる。
「とうさん、だれのかみのけもきらないね。〝かみきりし〟なのに」
その言葉に、父親は一瞬、何のことだか分からず、ぽかんと口を開けた。
しかし、すぐに少年の勘違いに気が付くと、たまらず声を上げて笑い始める。
「はっはは、そうか、“かみ”か。なるほど確かに」
「かみのけ、きれないの?」
「まあ頑張れば何とかお前の髪くらいは整えてやれるかもしれんが、商売に出来るほどの腕はないなあ」
「ふうん、変なの」
縁側の外へ足をぶらつかせる息子を、父親は愛おしそうに見つめた。
自分が“かみきりし”であることを教えたのは、ついこの間のことだった。それも、事の核心には一切触れていない。
まだ七つにもならない、何も知らない無垢な子ども。
この子に、真実を教えるにはまだ早すぎるのだ。
――早すぎる、が……
「タケル」
「なあに?」
名前を呼べば、くりくりとした大きな瞳がきらりと輝く。少し癖のある、自分と同じ夜闇の色をした髪をそっと撫でれば、息子は嬉しそうに目を細めた。
「今日は特別に、父さんの宝物を見せてやろう」
「たからもの?」
「そうだ。とっておきのな」
父親はそう言うと、息子を縁側に残して自室へと帰っていく。
戻ってきた彼の手には、黒塗りの鞘に納められた細身の剣があった。
「とうさん、これなあに?」
「これはな、“かたな”と言うんだ」
「かたな」
「抜いてみようか」
触るなよ、と前置きして、父親は静かに刃を抜いた。
銀色に光る、細く薄い片刃の剣。
その美しく凛とした眩しさに、少年は、一瞬にして目を奪われた。
「きれい……」
どこか夢を見るような心地で呟く少年に、父親は笑みを深くする。そして、刃を再び鞘に納めると、静かに口を開いた。
「タケル」
「なあに?」
「お前はいつか、この村を出ることになるだろう。だから、その時には、この刀をお前にやる」
「! ほんとう?」
「ああ。だから――」
――強くなれ、タケル。
父の言葉をかき消すように音を立てて、庭先の桜が揺れていた。
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