エンドロールが流れる
「これからどうするつもりですか?」
全てを聞き終え、しばし瞑想するように瞳を閉じていた住吉が口を開いた。
「どうもしないよ。僕の推測が正しいとは限らない。でもそんな事はどうでも良い。大切なのは、ここでもう犯行が行われることはないってこと。皆が不安になる必要はないとわかっただけで充分だ。後は、警察の聴取に正直に答えて、捜査の結果を待つ。それだけさ」
「罪に問われるかもしれません。それでも?」
「殺そうと思ったことは事実。計画したのも事実。証拠を隠滅しようとしたのも事実だ。それにおそらく皆、正直に警察の聴取に応じるだろう。僕だけ黙っているわけにはいかない。フェアじゃないからね。ミステリーは、探偵や警察と犯人との対決だけじゃない。作家と読者との対決でもある。そこにアンフェアがあってはならない。全ての伏線を晒して、読者の反応を待つのと同じだよ」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ」
ふう、と住吉が苦笑を浮かべながら天井を見上げた。
「副部長サンは、損な性格をしていますね」
「そうかな?」
「そうですよ。黙っていても良い事をわざわざ言って、自分の立場を危うくしようとしているんですから。それも、フェアとかアンフェアとか、正直副部長サン以外の人間にとってはどうでも良い理由で」
「それは、そうだね。でも、君が言ったんじゃないか」
「私? 何か言いましたっけ?」
「言葉に責任を持て、って。だから、僕は自分の言動に責任を持つことにしただけだよ」
時計をちらと見た。もう夕食の時間だ。話を聞いて回っただけだが、かなりの時間が経過していたようだ。
「そろそろ、夕ご飯にしようか」
うん、と腰を伸ばしながらソファから立ち上がる。僕に倣って住吉も立ち上がった。
「良いと思います。毒を入れる人間は、いないことがわかっていますし」
「そうだ、一つ気になってたんだけど」
先に部屋を出ようとした住吉に声をかける。
「朝、どうしてジュースのストローを噛んでいたの?」
指摘すると、住吉はそこにストローはないのに口元を押さえて「噛んでました?」と驚いていた。
「噛んでた。動揺している癖かな、と。だから僕は、君もこの件の関係者かと思ってたんだけど」
「ああ、それで車で買い物に行った時、私が犯人かもしれないと思って緊張していたんですね」
僕は笑顔で頷いた。本当の理由は喋らない。さっきまでフェアとかアンフェアとか言ってたが、あれは嘘だ。
「癖には違いないですが、動揺して出ていたわけじゃありません」
少し恥ずかしそうに彼女は言った。
「ちょっと、テンションが上がって楽しくなってきたと言いますかワクワクしてきたと言いますか……」
楽しく? ワクワク? そこで思い当たった。彼女はあの時、外を見ていた。
「もしかして、台風が近づいてきてたから?」
指摘すると、顔を赤くして住吉はコクンと首を縦に振った。久しぶりに、合宿中に声を出して笑った。
笑い過ぎたせいか拗ねてしまった彼女に謝り、皆を呼ぶように指示を出す。僕は夕食の準備のためにリビングに降りた。色々と疲れたけど、今日の夕飯はきっと美味い。
翌日、警察が到着した。僕たちは一人ずつ各自の部屋で聴取を受け、僕は住吉に宣言したように正直に全て話した。話し終えてリビングに戻ると、先に終わっていた永田と白河が待っていた。どこかすっきりとした顔つきの彼女たちは、僕を見つけると笑顔で頷いた。僕もそれに笑顔で応える。彼女たちと一緒に待っていると、押上と神保が一緒にもどってきた。昨日一瞬ピリついたのが嘘のように、押上を神保がイジりながら階段を下りてきた。彼女たちも重荷をおろせたようだ。
最後に住吉がリビングに戻ってきた。彼女は今回の件では最も部外者のはずなのに、一番時間がかかっていた。口下手だからだろうか? ただ気になるのは、どうも周りの警察官が、彼女に対してちょっと緊張しているように見えたのだが……まあ、いいか。
遺体が搬送され、僕たちはそれぞれ連絡先を聞かれた。何かあったら連絡する、とのことだ。思ったよりも簡単に解放されて、少し拍子抜けしている。このまま警察署に連行されたりするのではないかと思っていたからだ。それは僕だけでなく、他の面々も同じだったようで、予期せぬ時間が出来たことに戸惑っていた。
外を眺めた。台風は通り過ぎ、雲の隙間から太陽が覗いている。
「せっかくだし、ちゃんと外でバーベキューするか」
僕のその言葉に誰もが諸手を挙げた。ようやく合宿らしいことが出来て、僕は満足している。自殺に絡んでいる永田、白河、神保は、これが大学最後のバーベキューになるかもしれない、と思っていたからか、かなりはしゃいでいるようだった。それは僕も同じだ。無理してでも楽しもうと、またスーパーに走り、花火やらゲームやら遊べるグッズを大量に買い込んで、合宿最後の夜を、まあ、ちょっと頑張ったのは否めないが、楽しめたと思う。
翌日、警察から特に連絡もないので帰路についた。運転は僕が担当し、真ん中に押上と神保、最後列に永田と白河が乗った。住吉は、他のメンバーに押されるようにして助手席に乗り込んできた。
出発した時は騒いでいた皆だが、高速道路に乗った辺りから寝息が聞こえ始めた。バックミラーを覗くと、後ろの四人とも眠っている。はしゃいでいたのもあるが、やはり疲れていたのだろう。そりゃそうだ。人一人が死んだところに一晩いたのだ。僕は皆を起こさないよう、静かに、安全運転を心掛ける。ここで事故なんてそれこそシャレにならない。
「副部長サン」
助手席の住吉が声を殺して僕の名を呼んだ。
「お疲れさまでした」
色んな意味が含まれている『お疲れ様』だった。
これが、僕のリアルなミステリー、締めのセリフだった。
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