だから探偵が生まれた

 努めて冷静に部長が死んだという事実だけを告げた。台風の影響で道路が土砂崩れで埋まり、警察や救助は最短でも明日になるという事も。三人とも言葉を無くし、ショックを受けている。白河は足の力が抜けたか床に座り込み、それを永田が後ろから抱きしめて支えあっている。

「どうして、部長は死んだの?」

 震える声で、神保が僕に尋ねた。

「理由はわからない。最近スランプだったのは事実だから、それが影響しているかもしれないけど」

「でも、そんな素振り昨日の道中全然なかったよ?」

 彼女の言う通りだ。部長は昨日まで美女に囲まれてご機嫌だった。精一杯の見栄を張り、彼女たちと頑張って喋っていた。それは、まだ自分の影響力が強い事を確認する作業のようにも見えた。影響力を再確認したのなら、死ぬ理由はない。

「いやいや神保先輩、理由はどうあれ、自殺には間違いないですって。ドアには鍵が掛かってたし。あれ、密室ってやつですよ」

「誰も入れなかったってこと? 窓とかも閉まってた?」

「窓は、いや、見てないですけど」

 尻すぼみになりながら、押上がこっちを見た。

「窓は、開いていた」

 開けたのは僕だからな。あのままなら、間違いなく開いている。入り口のドアと同じく、誰かが閉めたかもしれないけど。僕が証言すると「密室じゃないじゃん」と神保が非難する。

「じゃあ、神保先輩は、俺らの中の誰かが殺したって言うんですか?」

 押上としては、そんなつもりはなかっただろう。パニックになっている時に非難されて、カッとなって思わずぽろっと口をついて出た、そんな感じだ。だが、その一言が全員に与えた衝撃たるや。

「私たちの」

 白河が住吉を見た。

「誰かが」

 住吉が神保を見た。

「部長を」

 神保が永田を見た。

「殺した?」

 永田が僕を見た。

 僕は即座に「そんなわけない」と笑い飛ばすべきだった。だができなかった。殺そうと計画し、殺しに行ったら死んでいた、いや、今となっては生きていたのか死んでいたのかわからない倒れた部長を発見し、今では僕のロープが原因で部長が確実に死んでいた。その情報量の多さに頭はパンク寸前だったからだ。僕が何も言えない間に、押上が致命的な、しかし僕が本当に言いたかった言葉を代わりに紡いだ。

「皆、部長と、何かあった?」

 空気がひび割れる音が、確かにした。

 最初に目が合ったのは白河だ。ものすごい速さで視線を逸らした彼女は、自分の肩に置かれた永田の手を思わず、と言った様子で握った。僕もつられて、彼女の後ろにいる永田に視線を向ける。彼女もまた白河の細い体を力強く抱きしめ、僕の視線を無理やり無視しているようだった。次に神保に視線を向ける。彼女は、僕の視線に気づくと「あたしは、別に」と小さく口ごもって俯いた。隣にいる押上と住吉に目を向けると、気づいた押上は自分が言った迂闊な一言に怯えている様子で、僕と目が合うと首と手を左右に振り、住吉は「特に何もありません」と見た目は平然と答えた。

「よし、わかった」

 急速回転で復活してきた思考回路が現状を改善するために動き出す。

「ご飯にしよう」

 信じられないものを見ている目で、僕は全員から見られている。構わない。僕は副部長で、ここでは最年長だ。合宿をより良いものにする義務があり、悪い空気を払しょくするのが僕の役目だ。そう思い込むことにする。

「いやいやいやいや、副部長、無理ですって!」

 押上が叫んだ。

「今のこの状況、わかってます? これ、俺らの中に犯人がいるっていう、世界でもっとも有名なクローズドサークルミステリーの序章、言うなれば長編なら五、六十ページ前後、短編なら十ページ前後当たりの展開になってますよ! ここで次に来るセリフはほぼ九割が『殺人鬼がいるかもしれないところに一緒にいられるか! 俺は部屋で閉じこもらせてもらう!』で一人きりになるところですよ!」

「ああ、わかってる。その後の展開もな。そいつが二番目の被害者って流れもお約束だ」

「それを抜きにしても、全員で仲良く食事するなんて図太い神経、あるわけないじゃないすか!」

「ないなら、作ればいい」

「どこのポジティブ展開アクション少年漫画ですか! 現実はそう甘くはないんですよ!」

「じゃあ、作らせてやる。この僕が」

 自信満々に言い放つ。本当は自信なんかまったくないのに。僕は奇異の目を一身に受けながら、それでも胸を張り、腕を組み、大胆不敵に笑って言い放った。

「僕を誰だと思っている。ミステリー研究会の副部長だぞ」

「だから何だっていうんすか」

「ミステリーに精通する人間が、この程度の謎を解明出来ないと思うのか?」

「出来る、というのですか?」

 住吉が尋ねた。さっき言葉の責任云々で僕を追い詰めた瞳が僕を見据える。今度は眼を逸らさない。力強く、首肯した。

「大学の研究も、ミステリーのトリックも、将棋の戦略も! 全ては過去に積み重ねられてきたもののパクリだ!」

 全員がええ~という顔をした。僕もこれは極論かと思う。否定はしない。だが、それを言いきるくらいの気合が僕には必要だった。

「パクった物を、その人間が独自のアレンジを加える。それが優れていて世論が認めれば新たなオリジナルになり、改悪ならネットショップによくある粗悪パクリ製品みたいな扱いを受けるだけだ。評価は星一個だ」

「副部長サン。何を言いたいか、焦点がずれている気が」

 流石の住吉も僕の気迫に若干引き気味だ。

「ずれてない。つまり、僕の中にはこれまで積み重ねてきた本、漫画、アニメ、ゲーム、ドラマ、映画問わずあらゆるミステリーの知識とそこからパクりまくって自分のアイディアにしたネタがある。大枠に当てはめれば、僕は大体のトリックは解明できる!」

 頭を人差し指で軽くノックしながら答える。

「ということは、もしかして副部長サンは」

「ああ。全てまるっと完全無敵にほぼほぼ事件の真相を見抜いている」

「マジすか」

 感嘆の声を漏らす押上に頷き返す。

「現場を見てからだいたい十秒ぐらいで十通りくらいの推測ができている。解決まで早すぎるから三十三分持たせようかと悩んでいるほどだ」

「すげえ、霊媒探偵みてえだ」

「どうして、三十三分持たせるのでしょうか?」

 当たり前の疑問を口にした住吉に「早すぎるとドラマの尺が余るからだ」と説明しておく。

「だから大丈夫。これから僕が出す料理に毒は含まれることはないし、今夜部屋に殺人鬼が忍び込んで一人ずつ殺されることもないし部屋から見知らぬ誰かのバラバラ死体が見つかることもない。なぜなら僕は全て見抜いているからだ。トリックを仕掛けようとしても仕掛け返すだけだ。もし信用できないのなら、いま押上君が言ったように警察が来る明日まで部屋に閉じこもっていてもらって構わない。幸い各部屋にトイレと風呂はついているし、ゾンビが押し寄せてくることもないし、食事も追加で買ってきた。レトルトも弁当もある。好きな物を持っていってくれ」

 精一杯の笑みを浮かべて、僕は全員を見渡した。圧倒されているのか呆れているのかはわからない。多分後者の方だろう。でも、こういう時はハッタリでも安心していいと言うのが正答だ。

「わかったら、食事にしよう。この世の問題の半分は腹が満たされれば解決するものだ」

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