逆引きトリック

 全員が箸をつけてくれて、内心ほっとしながら食事の後片付けをしている。

 部屋が煙るのも構わずBBQを敢行。肉が焼ける良い匂いと美味しそうに焼けていく視覚的効果と効果音が、緊張感漂う彼女らを少し癒してくれたようだ。口数は少なかったが、ほっとした表情を時々見せてくれたので、無理やりにでもご飯にしてよかったと思っている。住吉や押上も、何とかご飯を食べることが出来ていた。死体を見た直後なのに、他のメンバーの手前、気を使ってくれているようだった。彼らの協力に感謝する。

 ただ、食事が終わったら、言い方は違えど『部屋に戻って休みたい』という意味の事を皆が言ったので、部屋に戻ってもらった。流石に全部が全部信用できるわけはないか。まあいい。僕は僕の務めを果たす。全員を無事生きて返すのだ。

「副部長サン」

 残ったのは隣で皿洗いを手伝ってくれている住吉だけだ。別に休んでくれていても構わないと言ったのだが。その彼女が口を開いた。

「謎、解けてませんよね」

 手に持っていた金網が足元に落ちてきた。派手な音を立てて床に傷を作る。まともに足に落ちてきていたら、悶絶していたところだ。

 やっぱり、とため息交じりの呆れた声が返ってきた。

「いや、そんなことはないぞ? 言っただろう? 現場を見た瞬間に」

「十通りくらいの推測が出来てる、ですよね。押上君は感心していましたけど、それ、別に正解だって保証がないですよね」

 ぐうの音も出ない。

「それにほぼほぼ見抜いているってなんですか。ほぼほぼって。変なところで言質が取られないように保険をかけないでください」

「僕の悪い癖だ。自覚はある」

「言質を取られて不利益を被った経験でもあるのですか?」

「異議ありと言われたことはないかな」

 カチャカチャと食器を水切り用の棚に戻し、住吉が言った。

「吐いた唾飲むなよ、という言葉を?」

「一応は」

 なぜ彼女がやくざ用語を知っているのかはともかく。

「世間的には言動は慎重に、という諫める意味かとは思いますが、私はもう一つ理由があるように思います」

「もう一つ、というと」

「事実にしてしまえば、飲む必要はない。つまり、言ったからには最後まで貫き通せという努力を促す意味です」

 彼女の言わんとする意味を理解した僕が振り返る。タオルで手を拭きながら彼女は言った。

「謎を解きましょう」



「最初に報告しますが、私は部長を殺してはいません」

 再び部長の部屋に来た僕たちは、極力物を触らないようにしながら現場を調べていた。物を触らずに出来る事と言ったら、ひたすら観察だ。僕たちは背伸びしながら高いところを調べ、芝目を読むスパイダーマンポーズで床を探っていく。

「なあ、住吉さん。別に僕たちが調べなくても、警察が明日には来るんだぜ?」

「警察が優秀なのはわかっています。素人の私たちではわからないことも簡単に暴き、おそらく、たちどころに事件を解決するでしょう。でも、副部長サンが今本当に欲しいのは、今日一日をどう乗り切るかでは?」

 やはり、ばれていたか。

「そうだよ。ああ言っておけば、一日ぐらいなら無事に過ごせると思ったからだ。疑心暗鬼になってバトルロワイアルなんてシャレにならない。これ以上事件は起きないと言い切ってしまえば、みんな下手に動かないと思って」

「副部長サンらしい気遣いだと思います。で、あるならば。なぜ押上クンの説を指示しなかったんですか?」

 カーペットのシミを見ていた住吉が、肩越しにちらりと僕を見た。

「部長が自殺した、という説ですよ」

 黙っている僕に向かって、彼女は言った。

「私もああいった状況のご遺体に会うのは初めてですが、普通は自殺と判断してもおかしくない状況でした。確かに窓は開いているようですが、外は台風です。昨日ならともかく、今日窓を通って外から入るのは難しいでしょう。よしんば入れたとしても、この雨風です。侵入した形跡が残る。しかし、カーテンも窓際近くのカーペットも乾いている。密室と言ってもよい状況だったのでは?」

「まあ、そうなんだけど。昨日ならまだ入れたのかな、なんて万が一を考えちゃったもので」

「なるほど。では副部長サンは昨日部長サンが殺された、と考えているわけですね?」

「いや、可能性の話だよ? 可能性の話。あらゆる可能性を多角的に見てるだけだよ。死亡推定時間なんか、流石にわからないしね」

 だくだくと汗が出てくる。本当にこの子は、油断がならない。ちょっとした言葉の端を覚えている。

「副部長サンが教えてくれたミステリー小説では、死後硬直の話とか、でるのでは?」

「出るよ。出るけど、実際に死体に触って、なるほどこれが死後硬直か、とか死斑ってこれのことか、とか、そんな経験がないんだよ。見ても触ってもこれは死後何時間だ、なんて素人にはわからないんだ。それにある意味、小説を書くのは逆なんだ」

「逆?」

「その時間に死んでほしいから死ぬというか。例えばなんだけどね。死後硬直は死亡時から二時間くらいで始まって、十時間でピークに達して、三十時間でまた柔らかく、解硬っていうんだけど、それが始まる。作者的に死んだのは十時間前くらいにしたい場合、死後硬直のピークの表現を持ってくるわけ」

「後付けで、自分にとって都合のいい時間の表現をするわけなんですね」

「そうそう。あとはアリバイトリックとかなら、ほら、今エアコン動いてるだろ? ああいうので温かくしたり冷たくしたりして、死後硬直とか、死亡推定時刻を狂わせるって方法もある」

 まさにその方法を用いようとしたわけだが。

「温度で変わるんですか?」

「変わるよ。ただ、解剖を担当する法医の技術もすごいから、すぐ見破られるけどね。だから、司法解剖に回されないことに苦心する描写もあるかな。心筋梗塞とか自然死に見せる方法とか」

「じゃあやっぱり、今日死んだのではないでしょうか」

 ……何で?

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