ミステリーのすゝめ
話の途中で突然どうしてそんな話に飛ぶのか、ぜひとも解説してほしい。言葉が少ないにもほどがある。理系なら途中の方程式もきちんと書くものだろう。お前はアインシュタインの生まれ変わりか。答えがすぐわかる人間か。天才と呼ばれる人間は、直感的に答えがわかってしまい、それに至る説明ができないというけれど。そういう言葉を全て飲み込んで、自分がワトソンになったつもりで名探偵を促す。
「どうしてそう思ったんだ?」
「副部長サンが部長サンを下におろした時、私はここから見ていました。手足がだらんとしていて、硬直が始まっているようには見えませんでした。今教わった解硬というのが三十時間後だというなら、三十時間前はまさに私たちと部長サンは生きてお会いしているのでありえません。それに、そんなに時間が経っていたらハエがたかっています」
なるほどと唸る。彼女は僕が教えたことを取り込んで、僕が気づいてなかったことを鋭く見抜いた。死後硬直は首のあたりから始まる。死後硬直があれば首が固定されているはずだ。確かに部長を抱えた時、冷たさに驚きはしたが、固さは気にならなかった。
「この程度の事、現場に入って十秒で十個の推測を立てていた副部長サンならとっくに気づいていたと思いますが」
「う、うん。まあね。もちろん、僕の推測の中に組み込まれているよ」
だからこそ、新たな疑問が生まれる。僕が彼を発見したのは昨日の夜中だ。あの時もし死んでいたら、すでに死後硬直はピークに達しているくらいの時間のはずだ。
やっぱりあの時はまだ、死んではいなかった、のか? 自分の中の自信が一気に揺らぐ。
思い込みで行動していた自分を張り倒してやりたい。何がミステリーの知識がある、だ。脈も心音もその時確認してないじゃないか。体温にも気づかないんだから馬鹿じゃねえか僕。自分で思っている以上に、かなり動揺していたのだろうか。それとも、死んでほしい、殺したいという願望が目を曇らせたのだろうか。
「どうかしました?」
黙っている僕に、住吉が声をかけてきた。
「いや、住吉さん。君、ミステリー書いてみない?」
内心の焦りを誤魔化すために突拍子もない事を言ったが、言った後でよくよく考えてみれば自分も納得できた。
「私がですか?」
「うん。今みたいに、理論立てて説明するのって、すごく重要なことなんだ。なんてったって、文だけで読者に納得してもらわないといけないから。その場所をまさに見てきたように想像させる事ができて、かつ冗長にならずに端的に説明するのって難しいんだよ。長すぎると飽きられちゃうからね。その点、君の話は僕にはとても分かりやすく思えた」
「そうでしょうか。でもそれは、多分副部長サンが相槌を打ってくれたおかげです。本来私は、喋るのが得意じゃありません。朝も言ったかもしれませんけど、言葉足らずとよく言われますし」
「だからだよ。多分それは、頭の中でたくさんの事を考えていて、そのうちの最初と最後だけが飛び出てしまうんだと思う。相槌で言葉が追加されるってことは、その言葉が詰まってる頭の中から口に通じている道が、相槌で広くなるってことじゃないかな。そして文章なら、後で付け足すことも出来るし推敲も出来る。物を書くって行為は、君には向いているんじゃないかな、と」
「でも私、理系です」
「関係ないない。文系が文学得意だなんて幻想だよ。むしろ理系がさっぱりわからないから文系に行ってる人間の方が多いって。まさに僕がそうだからね」
言っていて悲しくなるが、事実だから仕方ない。
「あ、まあ、これはただの提案だから。気が向いたら考えてみてよ」
困ってしまったのか、顎に手を当てて考え込んでいる彼女にそう言った。さて、それよりもだ。
僕が夜中に会った時、部長はまだ死んでおらず、気を失っていただけ、という可能性が大きい。で、あるなら、その後に死んだことになる。しかも住吉の言っていた死後硬直が始まっていないという話を正とするなら、部長が死んだのは僕たちが買い物に行っていた辺りになる。皆が起きてから、僕たちが買い物を終えて帰ってくるまでの三時間以内だ。
時間が絞れたのはかなり有効だ。僕と住吉が買い物に行っている時間に死んだのなら、館に残っている四人が怪しくなる。でも、あの調子だと誰かが抜け出したなら気づくし、記憶に残る。あの状況で自分に不利になるようなことはしないだろうし、なにより僕が言ったのだ。今部長を起こしに行かない方が良い、と。副部長の僕の言葉を無視してわざわざ行くようなことはしない。ではその前か。
今日僕が起きてきたとき、すでにリビングには全員が揃っていた。各人の部屋は、三階が女性陣、二階が男性陣で分けられている。部長の部屋の真上が永田でそのまま右方向に、白河、神保、住吉の順番で並んでいた。二階はこの右隣が僕、そして押上と続く。順番とか、他の人間の目撃情報とか、聞けるともっと絞れるんだけど。
「次は、一人一人に話を聞く、という段階でしょうか? 押上クンの発言で、彼女たちが部長サンと何かあったのは明白です」
僕の考えを読んだかのように住吉が言った。
「そうしたいのは、山々なんだけどね」
忘れてもらっては困る。僕は女子と会話することに恐怖すら感じる陰キャなのだ。押上以外に話を聞くのはかなり難しい。
「私も付き添いましょうか。男性が、女性一人の部屋に入るのは、お互い抵抗があるでしょう」
「そうしてもらえると、僕としては非常に助かる。後は、向こうの出方次第になるね。素直に話してくれるか、そもそも部屋に入れてくれるかどうかも怪しいし」
「大丈夫でしょう。副部長サンのハッタリを受け入れてくれているなら、特に問題ないはずです」
「だといいけど」
部長の部屋を後にした僕たちは、真上の部屋にいる永田から話を聞くことにした。住吉の言った通り、彼女は僕たちを特に警戒することなく部屋に招いてくれた。ずいぶんと覚悟を決めたような顔をして。僕の推測は当たり、彼女は覚悟を持って僕に話をしてくれた。その話が、事態をややこしくしていく。
「私が、部長を殺しました」
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