真実が謎を生み出す

 永田の部屋のドアをノックすると、すぐに応答があった。

「休んでいるところ、ごめん。少し話を聞かせてほしいんだ」

 一拍置いて、ドアノブが回された。永田の顔がドアの隙間から覗く。改めて彼女と顔を見合わせる。住吉とはまた系統の違う美人だ。ただ、最初に顔を合わせた時は、穏やかでおっとりした印象を受けただけだが、今はその中に強い意志を感じる。

「ごめんね。ちょっと時間、大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。そろそろかと思っていましたので」

 何でそろそろと思っていたのかな? 不審に思いながらも彼女に招かれ、僕と住吉は部屋に招かれる。部屋の中には白河もいて、これまた永田と同じく、真剣な表情で僕たちを見つめていた。

 備え付けのソファに僕と住吉が並んで座り、対面のソファに永田、白河が座った。

「それで、お話というのは?」

 永田が切り出した。僕にカマをかける能力とかがあれば遠回しに外堀を埋めていくのだが、そんなことは出来ないので本丸に突撃する。

「単刀直入に尋ねるよ。部長と何があったの?」

 何もなければ何もありませんと答えるだろう。僕はそうか、とでも言ってここを立ち去るだけだ。言葉の裏にある嘘を見抜くことは僕にはできない。

 永田は固く目を閉じ、一、二度深く呼吸をした。目を開き、僕をしっかりと見据えて、言った。

「もう、わかっているんですね」

 はてなが脳裏に浮かぶ。何もわかっていない。だがそれを表に出したりはしない。

「私が、部長を殺しました」

 まさかの自白だった。何でそうなった。

「待ってください」

 白河が口を挟んだ。

「優先輩は悪くありません。悪いのは部長です」

「春子ちゃん」

 前のめりになる白河を、永田が押し留める。

「落ち着いて」

 僕は彼女たちと自分自身に向けて言った。一番パニックになっているのは何を隠そう自分自身だ。突然の自白、それだけでお腹一杯なのに、次々に新事実が送り込まれて情報過多で吐きそうだ。

「ゆっくり、順序だてて話してほしい。大丈夫。現場を見た僕はだいたい全てわかっている。わからないのは、当人たちの感情だけだから」

 すました顔で二度目のハッタリを使う。彼女たちは顔を見合わせ、頷き、永田が回想する。

「昨日、部長が突然私の部屋に現れたんです」



「いきなり何なんですか」

 ドアがノックされたから、てっきり後輩の白河晴子が遊びに来たのかと思った。お風呂の後に遊びに行くよと言っていたから。だから永田は、何の疑いもなくドアを開いた。

 しかし、目の前にいたのは可愛い後輩ではなく、今日会ったばかりのミステリ研究会の部長だった。だが、どうも様子がおかしい。

 永田はこの部長の事があまり好きにはなれなかった。洋館までの移動中、話すことと言えばずっと自分の自慢話ばかりだし、同じサークル仲間のはずの副部長や押上をまるで召使のようにこき使うし、言葉遣いも乱暴だった。これなら、恐る恐るながらもまだ丁寧に対応してくれる副部長や人懐っこい感じで喋る押上の方がましだ。

 何か痛い勘違いをしている、それが、永田の部長に対する印象だった。

 そんな相手がこっちの許可もなく部屋に入ろうとしてきたのだから、言葉も尖ろうというものだ。それも、こんな夜遅くに。非常識にもほどがある。ドアをひっぱって閉じようとしたが、その前に部長のつま先が隙間にねじ込まれた。

「ちょ、ちょっと」

 何とか相手のつま先を外そうと自分のつま先で押したが狙った効果は望めず、逆にドアに込めていた力が緩んだ隙を突かれた。小さく悲鳴を上げて、ドアごと永田は押しやられた。部長が部屋に入ってくる。

「痛っ」

 肩を力任せに掴まれた。そのまま部屋の中まで押し込まれる。

「ちょっと、やめてください! やめて!」

 必死に抵抗するが、息の荒い部長は聞き入れることなく、その血走った眼を永田の全身に這わせながら、ついにはベッドへ押し倒した。

「やめてってば! 嫌っ!」

 圧し掛かってきた部長を押しのけようと、永田は彼の体を必死に押した。肘を九十度に曲げて相手の体に押し付ける、いわゆるファイティングポーズのような姿勢で抵抗、部長の接近を防ぐ。部長は、永田の両腕の隙間に自分の指をねじ込み、さらにはその奥にある服にまで指をかけ、錆びついた引き戸を開けるみたいに、力任せに払った。永田の左腕と服のボタンがはじけ飛ぶ。お互いに片腕ずつ支えが無くなったため、部長の右半身が永田の上に落ちてくる。血走った目と必死な、切羽詰まった表情の部長が近づいてくる。

 全身に怖気が走った。好きでもない、今は嫌悪に振り切った相手がキスしようと顔を近づけてくる。

 永田は反射的に左ひざを立てた。体を捻って避けようとしたのだ。脛が跳ねあがり、丁度相手の股に滑り込む。

 くぐもった悲鳴をあげ、部長の手に込められていた力が緩む。振り払い、永田は部長の下から這い出した。這いずってベッドから下りようとしたとき、右足首を掴まれる。左手で股間を押さえた部長が、それでも永田を逃がすまいとしている。ホラー映画の被害者役みたいな引きつった悲鳴が自分の喉から漏れ出した。映画なら次の瞬間死ぬ役と自分も同じ運命を辿るのかと諦めかけたその時だ。

「何してるんですか!」

 救いの手は差し伸べられた。部長の後ろから白河が現れて掴みかかったのだ。そのまま力任せに彼女は掴んだものを後ろへ引っ張った。

 ぐえ、ともぐふともつかない声を上げて、部長は首元を押さえながら永田から離れた。白河が掴んだものごと部長を地面に投げた。首元から外れた部長のネックレスがカーペットの上に落ちる。白河が掴んだものの正体だ。

 倒れた部長から離れ、白河は永田を介抱する。

「優先輩、大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう晴子ちゃん」

 今更になって恐怖が体を支配した。永田が白河に縋りつく。永田が震えているのを見て、白河はさらに怒りのボルテージを上げた。荒い息で自分たちを見ている部長を怒鳴りつける。

「どういうつもりですか! 部長さんだろうが有名人だろうが、やって良い事と悪いことぐらい判別つくでしょう!」

「うるせえ! その有名人にミーハー気分で近づいてきたんだ。同意したようなもんだろうが! 男女が泊りがけで遊ぶことの意味くらい分かれよ! 誰がここ借りてお前らの分も払ってやったと思ってんだよ」

「サイテー。あんた、そんなつもりで女子誘ってたの」

 軽蔑の視線を部長に向けながら、白河は永田の手を引いて立たせた。そのまま警戒しつつ部長から距離を取る。

「警察に通報するから」

「は? ふざけんな」

 顔色を変えた部長が立ち上がる。

「当たり前でしょ。嫌がってる優先輩を襲ったんだよ! 警察案件に決まってんじゃない!」

 白河がポケットからスマートフォンを取り出す。部長が泡を喰って、白河に飛び掛かった。

「離して!」

「ふざけた真似してんじゃねえぞクソアマ!」

 スマートフォンの取り合いになり、二人がもつれる。

「危ない、晴子ちゃん!」

 今度は永田が、二人の間に割って入った。部長を白河から引き離し、力いっぱい突飛ばした。

 部長がバランスを崩した。ゆっくりと倒れていくのが二人の網膜に焼き付く。鈍い音が部屋に響いた。

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