あなたの態度に聞いてみる
顔を洗い、顔の熱を下げ、鏡を見る。いや、色気づいたわけではない。自分を見つめなおし、話を整理しているだけだ。本当だよ、と誰に言っているのかわからない言い訳をする。
彼女らが参加した理由はわかった。
白河は部長に誘われ、また先輩である永田を気分転換のために誘ったから。そして永田は彼女の誘いに乗ったから。
神保は洋館の合宿に興味があったから。
そして住吉は……いや、くそ、ただの話の整理だ。そこに何の感情も浮かばない。浮かぶな!
「よし」
住吉は、まあ、あれだ。興味とは言ったが、好意とは言ってない。理系だから、たぶん実験とか観察とかそういうあれだ。自己防衛は完了だ。
話を戻そう。全員が、曲がりなりにも合宿に興味があって参加していることはわかった。つまり、今の話が全て真実であるなら、部長を殺す計画があって参加したわけじゃない。死に方も衝動的な犯行、だと思うし。確定できるほどきちんと見たわけでもなければ推理力があるわけでもない。
だからこそ、風呂の仕掛けが気になる。それをするためには事前に色々と計画しておかなければならないからだ。ならばたまたま部長がそういう温泉の元を入れただけか? それを利用した? 無理がある。だから、誰かが嘘をついているという風に考える方が自然だ。
衝動的といえば、頭の傷だ。衝動的な殺人のトップ三に必ず食い込むであろう、突きとばしたら打ちどころが悪くて死にましたと言わんばかりの頭の傷はあるが、どこにぶつけたかわからなかった。もちろん見回ったのは短時間だったから、見落としはあるかもしれないが。
毒の入ったワインも疑問が残る。そもそも毒が入っているとは限らないが。誰が用意した? 基本、この合宿の買い出しは僕が行った。でこぼこの山道を車で移動するのがわかっていたから、ビン製品など破損しやすい物は排除していた。購入したのは僕ではない。購入者がわかれば、おのずと犯人に行きつくだろう。
とっかかりはこの辺りだろうか。
最初にして最大の難関は、どうやって僕が女性陣に切り込んでいくかだ。さっきまでの話で、多少打ち解けた気はする。緊張も幾分和らいだようには思える。だが、実際に部長の話や、それらとっかかりの話を持ち出すと途端に態度が硬化するのではないか。そもそも、どうやって切り出せばいい?
「考えろ、考えろ僕……」
洗面所前にいても問題は解決しない。くそ、会話で悩むのはロジカルミステリだけでいいんだよ。
頭をフル回転させながら戻ると、生優しい顔のメンバーに囲まれた住吉が『大丈夫ですか?』と冷静な顔で聞いてきた。問題ないよと片手を上げる。
「よし、話を変えようか」
いっそ潔く切り出した。これ以上からかわれてはたまらないし、話が進まない。
「ええ~変えちゃうんですかぁ~」
「盛り上がってきたところですよ?」
女性陣がはやし立てる。
「そ、その点についてはまた後日改めて検討するから。合宿はまだ続くからね。それに、この合宿を快適に過ごすためにもいろいろと聞いておきたいんだ」
たどたどしい返事だが、女性陣はなんとか納得してくれた。
「快適にって言っても、何を聞くんです?」
押上が合いの手を打ってくれる。
「いや、天気予報によれば、台風はこの辺りにまだ居座る。多分二日はこの洋館内に缶詰めになるだろうからさ、外に出られないなら、せめて中で楽しみたい。楽しみの一つは、やっぱり食事だと思ったんだ。今日のためにバーベキュー用の肉やビールを買い込んでおいたんだけど、他に食べたり飲んだりしたいものあるかなって。今の雨なら、まだ車を飛ばして近くのスーパーに行けるから」
「え、大丈夫っすか? 結構激しいですよ?」
雨に乱打される窓を全員が振り返った。
「大丈夫大丈夫。前にもっと激しい雨のときに、部長に買い出し頼まれたことがあるから。そのせいで酷い悪路になって、頭ぶつけたこともあるんだぜ」
大げさなジェスチャーで頭をぶつけたふりをする。
「マジすか」
「マジマジ。だから、経験上今ならまだ大丈夫。それで、何か追加とかないかな、肉のほかに、魚とか、ビールのほかにハイボールとか、ワインとか」
視界に全員の姿を入れる。
「あと、生活雑貨的なものとか必要であれば言ってね。石鹸とかタオルとか忘れた人は教えてほしい。入浴剤とかアロマ、例えばミントとかラベンダーとかでリラックスできるなら、それに越したことはない」
部長の部屋にあった物をわざとらしく言葉に混ぜる。関係ない人が聞いても特に反応は返ってこないが、関係のある人であれば。
一瞬、顔や体を強張らせた人がいる。最初の頭をぶつけたところで白河が、入浴剤では神保が、ワインで永田がそれぞれ一瞬反応を示した。わかりやすくて助かる。いや、普通はわかりやすいものだと思う。人を死に追いやっておいて、平気な顔をしている人間の方がおかしいのだ。ドラマとか映画ではわからない方が面白いからわからないように演技しているだけ。実際人を殺しているわけでもないし、心理的負担がないのだから出るわけがないのだから。
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