地獄のデス・ロード(片道二十分)

 必要な物を聞き出して、僕は雨の中を小走りに駆けて、部長の四駆に近づく。そういえばあいつ、結局この車を一度も運転しなかったな。人に運転手をさせてばかりだった。今思えば、可愛そうなやつだ。運転の楽しみも知らず、知識だけで感覚を知らずに死んでしまった。鍵を開け、素早く中に潜り込む。

「私も一緒に行っていいですか」

 シートベルトを締めていると助手席が開かれ、風雨と一緒に住吉が乗り込んできた。

「え、え、なんで、え?」

 僕の許可を待たず、彼女は助手席に座り、さっさとシートベルトを締めてしまった。

「別に待ってても、良かったんだよ? ひどい雨だし」

「いえ、なぜか皆にからかわれるので」

 対応が面倒くさいと言わんばかりに彼女がため息をついた。おおう、無自覚ガール。

「荷物持ちに人手はいるでしょう。それに、男性では買いにくい物もありますので。私はそれを担当します」

 確かに、化粧用品や下着とかは買いづらい。それに、もしかしたら生理用品等も申し付かったのかもしれない。そういうことであればついてきてもらった方が得策か。

「助かるよ。ありがとう」

「気にしないでください」

 エンジンをかけ、車を発進させる。しかし、この時の僕は気づいていなかった。これが陰キャにとって地獄の始まりだという事に。

 スーパーまでは大体十五分から二十分の距離だ。つまり、車内に二人きりで二十分一緒にいるという事に他ならない。

 普通の男であればテンションうなぎのぼりの状況だ。なんせ住吉はかなりの美人だ。スタイルだって良い。そして、女性は運転している男の様々な仕草にときめくと聞く。駐車場にバックで入れるときの、助手席に片手を乗せて後ろを振り向く仕草、ハンドルやギアを滑らかに操作する仕草などだ。ドアを開けてあげたりする紳士的な優しさもポイントが高いだろう。好感度アップのチャンスしかない。後は軽妙なトークで相手と意気投合すれば、二人きりの空間、心地よい振動も相まって、恋や愛にステップアップするかもしれない。

 だが、言っておいて情けなくなるが僕は陰キャのテンプレートみたいな男だ。女性と話すことなどほぼない環境下で育ってきた。同性とすら、知り合いでもなければ向こうから話してこないと話すことはないし、万人受けする話題も持ち合わせていない。そんな僕が住吉のような美人と二人きりで過ごすことになると、別の意味で動悸は激しくなり汗が流れ始め、息切れする。吊り橋効果は期待できない。

 耐えられるのか。二十分も。

 しかし、ここで僕の虹色の脳細胞が煌めくわけだ。この状況を打開するというか、黙っていてもおかしくない状況にする言い訳を思いついた。

 ―ごめんね、事故りたくないから、ちょっと集中して運転するね―

 これだ。これしかない。かなり苦しいが、運転する人間がそういうのだから納得してくれるだろう。なんせ住吉は理系だ。理系は理由があり結果があるのが当たり前の世界の住人だ。偏見かもしれないが。だから、納得してくれるはずだ。よし、これで行こう。

「あの……」

「副部長サン」

 口を開きかけたところで、先手を打たれた。こうなれば、彼女の話を聞かざるを得ない。悪いわけではない。むしろこれはこれでありだ。彼女の話題に何とかついていけばいいのだから。僕が話せない代わりに、彼女が話題を振ってくれたら、それはそれでいい。むしろ相手を不快にさせずに済む。よし、ばっちこい。

「ん、何だい?」

 爽やかな笑顔をなるべく作りつつ、先輩の余裕を持って話を促す。

「何か、隠してません?」

 まさかのキラーパスだ。笑顔が固まった。その話題に行くのか。こっちが聞きてえわそんなもん。

「副部長サンだけじゃない。白河サン、神保サン、永田サン。皆、今日どこか変です。昨日と様子が違う。何か、あったんでしょうか?」

 それが言えれば苦労はしない。しかも、これは彼女の誘導尋問である可能性がある。彼女が犯人で、僕が部長が死んだことを知っていた場合。

 ……あ、これ僕が消されるパターンじゃない?

 車内には二人きり。台風の影響で外には誰もいない。助けも呼べないし、目撃者もいない。殺したら、事故に見せかけて車ごと道中にあった崖から落とせば良い。そして、自分は何とか助かったと証言すればいい。

 汗が噴き出てきた。お、おお、落ち着け僕。まだそうと決まったわけではない。だが、切り出すのも賭けだ。もし切り出すとしても、全員が揃っているところの方が安全だ。たとえ彼女が無関係であっても、今はまだ言えない。ジャブだ。まずはジャブを打て。絞り込む、いや、絞り出すようにして。

「確かに、皆様子変だったよね。僕も、気にはなってたんだ」

「やっぱり。副部長サンが話しかけた時、皆妙にピリピリしてたから」

「うん。そうだよね。でも、何を隠しているかは、僕にも」

「副部長サンも、何か隠してますよね」

 この子パーソナルスペースという概念知らないのかな? ガンガンぶち破ってくるんだけど。理系ってこんな子ばっかりなの? 人が喋りにくそうなことでも知りたくなったら追及する系? 細かいところが気になる種族かな? 悪い癖だ。

「ゴメン、白状するよ」

 観念したように首を振り、僕は部長の事を正直に話す。

「実は、彼女たちの様子がおかしいのは、部長が関係しているんじゃないかって思ってるんだ」

「部長サンが?」

 頷き、続ける。

「実は、部長はかなり女癖が悪いんだ。これまでも、近寄ってきた女の子に手を出そうとしたことがある。まあその時は結局振られちゃったんだけどね。でももし、部長が無理矢理君たちに手を出したんじゃないか、それであんな妙な空気になったんじゃないかと思って、もしそれが本当だったら、僕は通報しなきゃならない。でも、それを当人たちにどうやって確認していけばいいかわからなくて」

 本質を避けた事実を告げる。彼女は話を吟味し、咀嚼するかのように、何度も頷いていた。

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