責任とってください
「なるほど、そういう事を隠していたんですね」
「最初に言っておくべきことを、黙っていてゴメン。部長は僕たちには当たりは強いけど、結局のところ中身は僕たちと変わらない内弁慶のヘタレで陰キャだから、強引なことはしないと思っていた。けど、最近の荒れようを見てたら、もしかしたら、という考えが少しあって」
ゴメン、ともう一度謝る。
「確かに、そういう事があるのなら、先に女性陣には言っておくべきですね」
ずん、と後頭部に重しが乗ったような感覚。
「ですが、その心配は杞憂ではないかと思います」
「え?」
「ついさっきの、女性陣の反応です。男性である副部長サンや押上クンに、誰も拒否反応を示しませんでした」
ちなみに私も襲われてはいません、と彼女は答えた。言われてみれば、さっき茶化された時に女性陣全員が僕を取り囲んでもみくちゃにしてくれたし、押上の肩をぱんぱんと叩いていた。
「勝手な憶測になるのですが、もし男性から乱暴をされた場合、次の日に男性に対してあんな行動を取るとは思えません。触れるどころか、近寄りもしない。部屋から出てこないか、洋館から出ていくと思うのです……何ですか」
住吉が綺麗な眉を寄せて、こちらを見ている。彼女の大きな黒目には、間抜けな顔の僕が映っていた。
「いや、何か、推理小説の名探偵みたいだと思って」
姿も性格も相まって本当に碓氷優佳かと思ったぞ。モチーフにしたと言われてもおかしくない。
「別に、思ったことを口にしただけです。何の証拠も裏付けもない当てずっぽうで名探偵だなんて呼ばれたら、それこそ本当の名探偵から訴えられます」
「そんなことないよ。良い着眼点だと思う」
「ミステリー小説家の副部長サンに言われると、少々こそばゆいです」
「ははっ、よしてくれよ。まだアマチュアだよ僕は。送っても送っても一次審査も通らない、部長から言わせれば三流の物書きだからさ」
そう言うと、またじっと住吉が僕の顔を見つめた。どこか、こちらを非難するような目つきだ。そう見つめられると、こっちは蛇ににらまれたカエルのように冷汗が止まらないのでやめていただきたいのですが。
「それ、やめた方が良いですよ」
「それって、どれのこと?」
「卑屈になる事です」
「卑屈、なこと言ってた?」
自覚がないのもダメです、と住吉はダメ出しした。
「昨日から気になってました。副部長サンは褒められたらわざわざ自分から価値を下げています」
「下げているわけじゃなくて、これは、謙遜というか謙虚にしているつもり、だったんだけど」
「謙遜、謙虚と卑屈は紙一重ですが大きな隔たりがあります。過ぎれば、自分だけでなく、褒めた相手にも失礼というもの。小説家なんだから、言葉に対する責任は持つべきです」
「お、おう。ごめん」
迫力に飲まれて、また謝ってしまった。確かに彼女の言う通り、末端も末端のアマチュアであれ小説を書くのだから小説家だ。読んだ人間にもしかしたら影響を与えてしまうかもしれない立場の人間だ。であるなら、言葉に責任は持たなければならない。
「今後、注意するよ」
「それが良いと思います。ああ、あと。先ほどの件は、念のため私が、タイミングをみて女性陣にそれとなく聞いて、確認しておきます」
「強引に誘われたことだね。そうしてもらえると助かる」
「ですので、副部長サンは部長サンを起こして、事実確認をしてください」
うん、まあ、そういう流れになるよね。避けたかったんだけど。そりゃ、当の本人に直接問いただすのが一番手っ取り早いのだけれど。
「気が進みませんか?」
「まあね。さっきも言ったけど、あいつ、起こされるのが嫌いなんだよ」
「そんなに嫌いなんですか」
「ああ。いつかの時なんか、起こしに行ったら灰皿投げつけられたからね。避けたけど。それ以降もう起こすのは止めた」
「そんなに横暴な方だったんですね」
「でも、さっきも言ったけど多分僕のような長い付き合いがある相手に対してだけだと思うよ。とんでもない内弁慶だから。女子相手だと特にね。それは僕にも言えることだけど」
「副部長サンもですか?」
「うん。なんていうのかな、僕みたいに女性に対して免疫がない状態でこの年まで来ると、好かれたい、っていう気持ち以上に嫌われたくない、って気持ちの方が強くなるわけで。で、それゆえに、嫌われないように気をつけよう、嫌われるくらいなら近づかないようにしよう、みたいなダメダメな精神になる訳さ」
「それほどまでに精神が追い込まれるものなのですか」
「追い込まれるよ~。多分、ぼそっと『キモい』とか『ウザい』とか言われただけで二、三日は落ち込むし場合によっては寝込むと思う」
「そんなに」
「そうそう。滅茶苦茶ナイーブなんだよ。だからそっちも責任もって言葉を選んでね? でないと、下手すると死んじゃうかもだから」
「わかりました。可能な限り善処します」
「笑うとこ笑うとこ! マジに取んなくていいから。ただまあ、それだけ繊細だから、起こされるのも含めて人からやいやい言われるのが嫌いなのかもね。って訳で、起こしたくないわけだよ。次は灰皿避けられる自信ないしね」
「本当に、それだけの理由ですか」
怖いよ。そろそろ本気で住吉の事が怖くなってきたよ。こいつ、まさか全て解っていて僕を追い詰めているんじゃないだろうな。
じっとりと見つめられて、じっとりと汗が滲み始める。もう一押しされたら、気の弱い僕は全てを彼女に白状してしまうところだった。
「着きましたね」
彼女の声に、慌てて雨粒弾けるフロントガラスの向こう側へと目を凝らした。くるくる回る赤い看板のスーパーが開店営業中だ。駐車場はガラガラなので、可能な限り入り口に近い場所に停車させる。エンジン音が消えると、雨音が更に大きく聞こえた。
「行こうか」
今から飛び出す場所を前にシートベルトを外して腹をくくる。
「はい」
そして二人同時に飛び出した。
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