事件の概要を回想する刑事、容疑者宅に来訪する

「どうも、こんにちは」

 玄関のチャイムが鳴らされ、斉木がドアを開けると見知らぬ女性が立っていた。男が十人、いや、百人いれば九十九人は振り向く美人だろうな、と斉木は思った。

「斉木、頼人さんですか? 私、こういうものです」

 女性がポケットから身分証明書を取り出す。斉木も最近よく見せられる物だ。

「警察の方ですか」

「はい。天舎署からまいりました、御陵匠と申します。お時間、よろしいですか?」

「ええ。時間ならあります。が、俺に何の御用でしょうか?」

「先日お宅で起きた、葛葉祥太郎さん殺人事件について、です」

 満面の笑みを浮かべて、御陵は言った。

「申し訳ないのですが、外寒いので、中に入れてもらえませんか?」

 御陵はこの提案を断られるとは露ほども思っていない。自分の容姿は武器であり、これまで通用しなかったことなど一度たりと無かったからだ。また、思ってはならない。彼女の行動には、天舎署の威信がかかっている。

「はあ、大したもてなしはできませんが、どうぞ」

 斉木は警戒した様子もなく御陵を招き入れる。

「ありがとうございます。お邪魔いたします」

 その余裕面、引っぺがしてやる。御陵は笑顔の裏で拳を握りしめた。


 斉木頼人が犯人である。事件に関わった全ての警察官が確信している。しかし、彼はいまだ重要参考人止まりで、容疑者ではない。犯行が可能だったのが彼以外にいないにも拘らず、だ。

 大きな理由は殺害現場が密室だったからだ。部屋には鍵がかけられ、その鍵は死んだ本人が握っていた。他の出入り口は出窓と隣の斉木の部屋と繋がっているドアだが、出窓は小さく、人間は通れない。また斉木の部屋からは、物置部屋の棚で塞がっていて通ることができない。

 ミステリー小説やドラマならいざ知らず、現実に密室殺人などあり得るわけがない。しかし現実問題として密室は存在し、現時点で誰も密室の謎を解けていない。犯行が不可能である限り、斉木が逮捕、起訴されることはない。

 問題はそれだけではない。葛葉の死亡時刻も頭を悩ませる一因となっている。

 斉木と葛葉の事件前後の足取りはすぐに判明した。目撃証言と防犯カメラに映っていたのがすぐに見つかったのだ。

 事件発生前日、斉木と葛葉と思われる二人がバーで飲んでいる所を店員が見ている。また店員は斉木に頼まれてタクシーを呼んでいる。その時点で葛葉はかなり酔っており、斉木が背負って店を後にするのを店員以外に他の客も目撃していた。乗車したタクシーの防犯カメラも確認した。後部座席に斉木によって運ばれた葛葉はマスクをつけ、帽子を深くかぶっていて顔はきちんと確認することができなかった。そのため顔の骨格を画像認識によって写真と比較した。結果は九十九パーセント同一人物という答えがでた。

 その後タクシーは斉木たちを邸宅まで送り届けた。タクシーの運転手は、斉木が葛葉を背負うのに難儀している様子だったため手伝おうと申し出たが、斉木は申し出はありがたいがと前置きしてやんわりと断った。理由は感染力の高い病気が流行っており、運転手を信用しないわけではないが念のために、とのこと。その数時間後、異臭による通報が入り、消防隊員が葛葉の遺体を発見した。

 ここで問題なのは、斉木と葛葉が邸宅に戻ってから五時間後、深夜三時に通報が入ったという点だ。一般的に腐敗臭は死後二日経って匂い始めると言われている。しかし、タクシーの運転手が葛葉を確認し、通報が入るまでたった五時間しか経過していない。死亡推定時刻が矛盾することになる。もし葛葉が死亡したのが二日前だった場合、斉木は遠方にいたという強固なアリバイが存在し、これまた犯行が不可能となる。

 密室とアリバイ、二つの壁が斉木の犯行を不可能にしていた。

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