オタクが好きな女性が集合しました

 引き続き嵐が上空に居座るせいで、夜のように薄暗い朝が来た。

 古い洋館内に似つかわしくない最新エアコンがガンガンにリビングを冷やしている。リビングには部長以外の参加者が集まり、来るときに買い込んできた食料を適当に開封していた。僕もペットボトルのお茶を飲みながら、皆の様子を伺う。

 普通、じゃない。

 昨日まで甲高い声で姦しくしていた女子たちが、お通夜も驚きの静けさで、黙々とサンドイッチを頬張っている。食べるという動作じゃない。口に無理やり押し込んでいる、といった方が正しい。

 僕から見て右側にいるのが、経済学部二年の白河。ショートカットの活発な子だ。高校まではスポーツか何かをやっていたらしく、運動神経が良くスタイルも引き締まっていて美しいフォルムだ。ミーハーで社交的、僕にも気軽に話しかけてくれるので性格もそんなに悪くはないと思われる。まあ、女子の性格なんて表向き。男にわかるわけがない。陰で何を言われているかわかりはしないのだから。でも、僕のような日陰者は、そうやって気軽にコミュニケーションをとってくれる女子に弱い。とことん弱い。ボディータッチなんかされるとすぐに惚れる。騙される。洋館に来るまでの車内でも何度も話しかけられ何度も彼女の手が僕の膝に触れて肩同士が当たって顔がにやけたりしないようにするのが大変だった。それはさておき。

 夏の日差しに負けないくらい明るいはずの彼女の表情は、今は暗く陰っている。こんなところまで天気の真似をしなくていいと思うくらい暗い。昨晩何かあっただろうと問いただしたくなるが、今はこらえた。なぜなら、彼女が真犯人、とは言い切れないためだ。

 白河の隣にいる、近所にある女子大の教育学部三年の神保。肩まで伸びたセミロングのヘアーを明るく染めた、いわゆるギャルだ。化粧が派手で、いかにも遊んでいそうな雰囲気を感じさせる。こういう人間が、僕のようないわゆるオタクをみてする反応は二種。貶すか褒めるかだ。統計を取ったわけじゃないが九割の確率で馬鹿にして貶す方が多いと思う。そういう人種にとって、オタクとは理解しがたく、しかも自分たちのステータスである友人やコミュニケーション能力が最低クラスの人間なのだから、貶すのは仕方ないことだ。

 ただ珍しいことに、神保は残り一割、オタクが心では欲する、オタクに優しいタイプのギャルだった。自分とは違う価値観を尊重し、貶すではなく理解できないまでもそういう考え方もアリよりのアリと納得できる柔軟さがあった。流石は教育学部。僕のようなオタクは簡単に、確実に惚れてしまうタイプのギャルだ。それはひとまず置いといて。

 そんな彼女が今はすっぴんだった。すっぴんで人前なんか出れないし、と笑っていたのに、同性どころか異性の前にそのすっぴんをさらしている。別に別人みたい、というわけではなく、普通にかわいいと思うので過剰に気にしなくていいと思うが。とにかく気もそぞろな彼女も怪しい。では、彼女たちのどちらか、もしくは共犯か。と考えたが、決めつけるのはまだ早い。

 冷蔵庫からおにぎりを取り出したのは同じく、こちらは同じ大学の教育学部の三年の永田。ゆるくウェーブした髪の、本人もゆるふわ女子だ。白河とはまた別の意味で、陽だまりのようなイメージを抱く。

 だが、その柔らかなイメージを覆すのは彼女の艶やかなボディラインだ。違う意味で非常に柔らかそうでたまらん感じがけしからん。一体何を教える先生になるつもりだ。

 出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいる。文章にすればただそれだけで彼女は表現できる。しかし、その一文に恐ろしいまでの情報量と男を虜にする魅力が詰まっている。正直、僕は彼女を直視できない。直視したら最後、視線が離せなくなるのは目に見えているからだ。その豊満な胸や、はち切れんばかりの尻を追いかける羽目になる。男として、雄としては正しいが、女性にもてない僕のような人種は極端に女性に嫌われたり嫌がられるのを恐れるので、その行動矛盾に苦しむ。ゆえに、彼女を直視せず、一枚フィルターの向こうにいる、二次元的な扱いをする。それでも、視界の端で揺れる彼女の肢体に吸い込まれそうになる。

 その彼女の神経がギンギンになっている。張り詰めていてちょっとした物音にひどく驚き、目が血走って周囲をおどおどと見まわしている。様子がおかしいのは明白、それを通り越してわざとらしいくらい不審だ。多分『何があった』の『何』と声をかけた瞬間飛び上がると思われる。では、彼女が犯人か、と思うだろう? そううまくいくほど話は甘くない。

 洗面所から戻ってきたのは理学部一年の住吉だ。濡れ羽色のつややかで清涼感のある髪と、髪以上にクリアで透明でクールなレディだ。可愛いよりも美しいタイプで、所作も洗練されている。オタクが作品を創ったら高確率でヒロインになるキャラクターで、理想とするだろう。僕もその一人だ。住吉のようなヒロインが何人かいる。だから、一年ということも忘れて話しかけるのにかなりの緊張を強いられた。涼やかな目元に見つめられると、非常に落ち着かなくなる。

 正直なぜ彼女がこのイベントに参加したのか、そもそもなぜこのサークルに入ったのかもわからない。部長に興味がある風でもなかった。純粋にミステリーが好きなようにも思えない。行きの車中で頑張って話を振ってみたが、ミステリー小説やミステリー漫画どころか、勉強や研究資料以外の本自体を読んだことがないようだった。ならば他三名の先輩や同じ一年男子に誘われたのかと思いきや、今回が初対面だという。まあ、それも仕方ない。ほか三人は部長が砂上の肩書と名声で、サークル外で声をしつこくかけただけで、部室にまったく来たことなかったし、住吉も部室に顔を出したことがない。必要なこと以外は切り捨てる、合理的で理系っぽい事しか彼女のことを僕は知らない。

 その住吉は今、パックジュースに突き刺したストローをずっと前歯で噛み続けている。ガジガジガジガジ、それ吸えてる? と尋ねたくなるくらいストローは真っ平に変形していて、しかも本人は噛んでいることを自覚していない。無意識の動作に見えた。彼女の視線は窓の向こうに向けられていて、見えているのは景色ではなく彼女自身の脳内、思考の彼方だと思われる。

 以上が、朝起きたら様子がおかしい四名の女子の様子だ。

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