今から僕はビバリーヒルズコップになるしかないようです

「先輩、なんか、雰囲気おかしいですよね?」

 そう言って僕の傍らに立った男が最後の参加者、文学部一年の押上だ。彼こそ唯一ミステリーに興味があってミステリー同好会に入った唯一にして正当なミステリー同好会員である。

 シャツにジーンズといういでたちで、髪は短く刈り込んで清潔にしている。口調は少し軽いが、彼も体育会系のスポーツをしていたらしく上下関係がしっかりしていて、僕のような人間にも礼儀をもって接してくれる、普通の好青年だ。この洋館まで車を運転してくれたのも彼だ。高校卒業と同時に合宿に通ってスピード取得したとのこと。僕一人で運転しなければと思っていたので正直助かっている。

「昨日、みんなあんなにワイワイ騒いで楽しそうだったのに、今は何か、お通夜? みたいな感じなんですけど」

 うむ、同感だ押上。僕もそう思う。

「昨日、なんかあったんすかね?」

 ああ。昨日部長が殺されたんだ。犯人は彼女らの中にいるかもしれない。もちろんお前も容疑者だ、とは言えない。明るくふるまう好青年がサイコパスでないと誰が断言できる?

 ちなみに世間で誤解している方が多いが、サイコパスはイコール殺人鬼ではない。サイコパスは精神疾患の一部で、感情が欠如していると定義されているが症状は様々だ。だからこの場合僕がサイコパスという単語を用いた意味としては『人を殺しても罪悪感等が欠如しているから動悸息切れすることもなく日常生活を通常運転出来る』という、動揺をする理由がないという意味で使っている。僕がそういう意味で使っているというだけで、正式なものではないので、間違った知識は頭に残さなくていい。さておき。

「そうだな。何かおかしい、が、すまん押上君。僕は見ての通り陰キャのオタクだ。女子に軽い口調で話しかけられるメンタルも話術スキルも持ってないんだ。代わりに事情を聴いてきてくれないかチャラ男代表」

「いや、さすがにこの空気じゃ俺でも無理っすよ。リビングに来た時アレ? 窓空いてます? 電気ついてます? って言いかけましたもん」

 つか誰がチャラ男っすか失礼なと憤慨する押上にすまんと謝りつつ話を続ける。

「気持ちはわかる。僕も同意見だ。しかし、このまま放置するわけにもいかんだろう我々の精神衛生上」

「ですよねぇ。女子がピリついてると、俺らもなんか落ち着かなくて、真綿で首を絞められるっつうか、大根おろしで徐々に削られていくっつうか、なんて言うんすか? あれに近いっす。浮気してないのに、彼女に長い髪の毛とか片方だけのピアスとか突きつけられて『これ何?』って問い詰められる時のような。そんな経験ないですし彼女いた経験もないんですけどね」

「悲しいことを言うなよ押上君。君にはまだ未来がある。モテモテの未来が約束されているから」

「その言葉、信じていいんですよね先輩」

「……」

「先輩?」

「一体彼女たちに何があったんだろう?」

「あからさまな無視やめてくれません?」

 このまま考え続けても答えは出ない。いずれ部長の死体は誰かに見つかる。見つかれば、当然大騒ぎだ。警察だってくるだろう。それまでに犯人を特定し、可能であれば証拠を隠してやりたい。本人に知られないように。昨日の夜も思ったが、あんな奴のために人生を無駄にするのはもったいなさすぎる。

 時間が必要だ。時間がたてばたつほど本当の証拠は劣化していく。幸い、台風はまだ居座ってくれている。天気予報では後二日はこの状況が続く。夏の二日あれば、僕がやろうとした死後硬直を利用した密室すら可能だ。死体も腐敗し始めるだろう。

「俺らじゃこの状況打破できないですし、俺、やっぱ部長起こしてきますね」

 人が時間稼ぎをしようとしているときに何を言い出すんだこいつは! ほら見ろ、彼女たちの肩がピクンと跳ね上がったじゃないか。なぜ数人が反応したかは謎だが。やはり共犯なのか?

 思わず怒鳴りたくなったが、彼の行動はいたって普通、自然なものだ。怒る要素がない。怒りを飲み込み、頭をフル回転させ、こちらの返事も待たずに余計なことをしようとする後輩に一言。

「押上君、そいつはもう少し待った方がいい」

「え? 何でですか? 俺らで何も出来ないんなら、もう部長しかどうにもできないと思うんすけど。彼女らって部長が呼んだんでしょ?」

「そうなんだけどな。あいつ、寝起きめちゃくちゃ悪いんだよ。後、自分の部屋に無許可で入られるのもひどく嫌がる。もともと完成作品以外を見られるの好きじゃなかったし、昔盗作疑惑が持ち上がったことがあって、どっちが先だの後だので出版社の方と揉めて、結局発売して一週間で返品お蔵入りコンボした作品があるんだ。そういう事があるから、許可なく部屋に入られるのを嫌う。だから、自然に起きてくるのを待った方がいいよ。どうせ腹が減ったら起きてくるだろうし」

 そうだったんですかと驚いた顔で押上が口元を押さえる。

「そういう事でしたら止めときます」

「未発表作品を盗んで、自分の作品にしたくなったら、起こさないようこっそり行っても良いぜ?」

「はは、ちょっと興味ありますけど、今回は遠慮します」

 何気ない冗談のやり取りだった。だが一人、神保が一瞬物凄い目をこちらに向けたのが分かった。すぐに逸らしていたが、何かある。今の話にあったのは盗作疑惑の話題だ。彼女はあのときの事件と何か関りでもあるのだろうか。例えば、彼女かもしくは知り合いの作品を部長が盗作したとか。こんなことになるなら、昔出版社の方に会った時詳しく話を聞きだせばよかった。

 押上を押しとどめることに成功したものの、結局事態は膠着状態だ。事態を動かすには、凪いだ水面に石を投じるのと同じで、何らかの意思を込めたアクションをぶちこまなければならない。

 やるしか、ないのか。

 神経過敏になっている彼女たち相手に、陰キャでこれまでまともに女子と話したこともないこの僕が、ウィットに富んだジョークを交えながら軽妙なトークで彼女たちから話を聞きだすしかないのか。

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