事情聴取する者、される者

 不可能犯罪などあり得ない。御陵は殺人現場となった邸宅内を観察しながら歩く。人間に可能なことであるなら、同じ人間にも出来るはずだ。どんな些細な異変も見逃さないよう周囲に目を配り、また斉木の言葉の矛盾やおかしなところを聞き逃さないよう耳をそばだてていた。

 一階リビングにあるテーブルに二人は対面で座った。

「それで、お話というのは?」

 斉木が切り出す。

「事件当時のことを、もう一度お聞かせいただけませんか」

「それは、既に他の刑事さんにお伝えしたはずですが」

「申し訳ありません。何度も関係者の方にお話を伺う必要がありまして。時間が経過してから思い出される事もありますから」

「はあ。そういう事でしたら」

 斉木は当時のことを順を追って話し始めた。

「あの人とバーで一緒に飲んで、酔った彼を運ぶためにバーテンダーさんにタクシーを呼んでもらって、一緒にタクシーに乗って、家に運びました。俺も疲れていたため彼をリビングのソファに降ろした後は自分の部屋に戻りました。そのあとサイレンが聞こえて、チャイムが鳴って、応対に出たら消防隊員さんがいて。異臭の通報があったから調べさせてほしいって言われたので中を調べてもらって、それで物置を調べたら義兄が倒れていた。以上です」

 御陵が記憶している調書内容と全く同じだった。録音を聞いたみたいだ。だが、必ず綻びを見つけてやる。机の上で手を組み、御陵は斉木を注視する。

「葛葉さんがソファにいらっしゃらないことには気づかなかったのですか?」

「正直、気づきませんでした」

 質問しながら、斉木の仕草を観察する。御陵は行動心理学を利用して相手の嘘を見破る事が出来る。マイクロジェスチャーと呼ばれる微細な体の運動は、意識しても押さえられるものではないし、不安や嘘をつくときに生まれる仕草や行動は本人の意図しないところでしてしまうものだ。彼女は斉木の言葉は嘘で固められている、という前提を立てた。どれほど嘘が得意な人間でも、それを見破られたとき、わずかな動揺が生まれる。それを突破口にして斉木の嘘を芋づる式に暴こうとしていた。嘘を隠すために更なる嘘をついても、脳は嘘を付けない。むしろ、嘘によって生じた矛盾で大きな反応を示すことになる。

 さあ、いくらでも嘘をつきなさい。一つ残らず暴いてあげる。

「気づかなかったって、それはなぜです? 夜中にいなくなっていたら心配になりませんか?」

「何故と言われても困ります。俺も部屋で休んでいましたし。良い大人の行動をいちいち把握しなければならない義務はありません。それに、おそらくもうご存じかと思いますが、俺と義兄の仲はあまり良くありません」

 斉木の言う通り、二人の仲が良くなかったのは裏付けが取れている。互いに悪かったというより、斉木が一方的に嫌っていたという方が正しいだろうか。だから彼は事件当時のことを話すとき葛葉のことをほとんど「あの人」と呼んでいる。理由は不明。だが、姉との結婚を反対していたことを鑑みるに、斉木は変態シスコン野郎の可能性が高い。姉を取られたが故の犯行。それが動機だと考えられている。

「良くないのに一緒に飲んだのですか?」

「飲んだら駄目なんですか?」

「駄目ではないですが、普通は飲まないでしょう。嫌いな相手と。そういう細かいところ、こちらとしては気になってしまうんですよ」

「まあ、確かに」

「ではなぜ?」

「一緒に飲む必要があったからです」

「その理由が知りたいのですが」

「今後の事、これからの事を話す必要がありました。刑事さんも、嫌いな相手であっても仕事上必要とあれば食事をしたりすることがあるのでは?」

「ええ。あります。では葛葉さんとビジネスライクな関係で話をする必要があったということですね。今後の事と言いますと、具体的にはどのような話でしょうか?」

「説明し辛いですね。今後の事は、今後の事としか。刑事さんは、例えば旦那さん、彼氏と今後の事について話すことになった場合、具体的にどういう事を話していたか全部話せます?」

「申し訳ありませんが、経験がないので答えかねます。今後の事を話す旦那も彼氏も今いないもので」

「でしょうね」

「は?」

 ぶち殺すぞ。という言葉と怒りを無理やり飲み込んだせいか御陵のこめかみに青筋が浮き出た。私を誰だと思っている。着飾って街を歩けば誰もが振り向き足を踏み外し電柱にぶつかり、ナンパと芸能界のスカウトはひっきりなしに現れ、数多の犯人を骨抜きにして自供に追い込んだ警察史上最高、空前絶後の美女刑事御陵匠だぞ。

「失礼。失言でした。お気になさらず」

 斉木は苦笑しながら非礼をわびた。

「まあ、良いでしょう」

 咳ばらいをして、御陵は質問を続けた。

「異臭が通報された件についてですが、消防隊員が到着するまで異臭に気づかなかったのですか?」

「気づきませんでした」

「腐敗臭はかなり強烈です。近所から苦情が来るほど匂っていたら、隣の部屋にいた斉木さんはもっと早く気づきそうですが」

「ふむ、では確かめてみます?」

「確かめる?」

「実際、俺の部屋で匂いを確かめてみてください」

 席を立ち、御陵の返事も待たずに斉木はリビングから出ていく。御陵は慌てて彼の後を追った。

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