ヒントは提示された

「すみませんが、もう一度現場と、斉木さんの部屋を見せていただいても良いでしょうか?」

「ええ。構いません。休憩できたので。カップを片付けたら追いかけますので、どうぞ先に行ってください」

 斉木が空になったカップをキッチンに持っていく。お言葉に甘えて、御陵は先に二階に向かう。

 階段を上り、斉木の姿が見えなくなった瞬間、盛大なため息をついた。

 なだめ行動無し。マイクロジェスチャーすら無し。つまり、奴は何一つ嘘をついていない。ここまでの会話から何から全て、自分が正直に思っていることだけを話している。だから焦りも動揺もしない。もちろん言っていないだけの事もありそうだが、これ以上会話から犯行に繋がるヒントを探るのは難しいだろう。残された手段は、トリックを暴く事だけだ。

 物置部屋に到着する。何も触っていないというのも本当だろう。なら当時の状況そのままが残っているはずだ。

 隣の斉木の部屋に繋がるドアは、やはり本棚によって完全に隠されて閉まっている。本棚にはハードカバー、文庫問わず、書籍が多数入れられている。中には知っている題名もあった。『容疑者Xの献身』映画化もされた名作だ。上の段にあるのは『密室黄金時代の殺人』か。これも面白かった。御陵的には今年読んだ作品の中でもかなり上位にランクインする。密室殺人の現場でこれ以上ないくらいうってつけの作品だ。もしや、ヒントが? なんてね。

 天井からは突っ張り棒が伸びて動かすことはできない。この本棚がもう少し右か左にずれてくれれば、体をねじ込めるかもしれないのだが。

「しかし、何でこっちだけ木目調?」

 御陵は独り言を呟きながら、部屋の壁を見つめる。ドアから入って、右側と左側で壁の質が違う。右側の外に面する方はコンクリートで無地なのに対し、左側の斉木の部屋と繋がる壁は碁盤目状に線が入った木目調だ。普通は全部統一するものではないのだろうか?

「後、気になったのはこれだ」

 壁に設置されているエアコンのリモコン。表示は温度と停止と冷房となっている。だが、消防隊員の証言によれば、斉木の部屋から物置部屋を覗いた時、腐敗臭と一緒に温かい風が流れてきたという。消防隊員の気のせいでなければ、暖房がついていたはずなのだ。そして斉木の言った通りなら、リモコンにも触っていないはず。誰が消した? それとも消防隊員が? 例外的にリモコンだけ斉木が操作したのか? 確認は必要だ。大した事なさそうな、細かいところだが、少し気になる。

 もう一度壁を眺める。ふと、木目調の一部から釘が飛び出ているのを見つけた。

「油絵は、ここにかかっていたのか?」

 確かにあの場所から何かの拍子で落ちたら、丁度ドアの前に落ちるだろう。でも、何が起きれば絵が落ちる? 最近地震なんかなかったはずだが。

 物置部屋を出て、斉木の部屋に向かう。ここで気になるのはやはり床の引きずった跡だ。これがもし本棚以外で出来た跡なら、何を引きずったのだろうか? 人? いや、それはないか。他にも何かないか探してみる。この目の前にドンと置かれた釣り具や3Dプリンターなんか見るからに怪しそうだが、どう使えば密室トリックに仕えるというのか。教えてほしい。ふと、物置小屋でも気になったエアコンのリモコンが目に入った。この部屋のものだろう。表示されているのは温度と暖房だ。停止していないということは、今現在稼働中という事か。

「ほお、ほお、ほお」

 脳のシナプスが一瞬繋がった気がした。何かが見えかけたのだ。こういう時の御陵はこの感覚を大事にしている。後々本当に繋がってくるからだ。密室以外にも考えなければいけないのは、その温度に関すること。葛葉の死亡時刻のズレだ。温度の変化によって、死体の腐敗速度は変わる。温風がかかった部屋なら常温よりも早く腐敗する。それを使ったトリックはミステリーにも存在する。しかし、暖房を入れたとしても、タクシーを降りてから経った数時間でそこまで腐敗するものなのか? そもそも、現在の鑑識、法医学を欺けるものなのか?

「そうか」

 前提がそもそも間違っているのだ。御陵はそこに気づいた。であるなら、通報の疑問、同じ家の中で臭わなかったのに、外部からの通報者によって発覚した矛盾が無くなる。そして、それを可能にする物は、この室内に存在する。検証は必要になるが。

「お待たせしました」

 一階から斉木が上がってきた。

「どうですか? 何かわかりましたか」

 御陵は振り返り、彼の顔を見た。今思えば、彼は御陵の質問に対して嘘を一切ついていなかった。であるなら、正直に自分が思いついた推理を聞かせたら、正直に答えるのではないか。いや、斉木なら答える。御陵には妙な確信があった。

「ええ。色々とわかってきました」

「そうですか。良かった。まだ俺に出来ることはありますか?」

「幾つか、質問に答えていただけますか」

「どうぞ」

 他に何が聞きたいんですか、もう全部話しました、という、何度も取り調べに応じてうんざりしている人間特有のセリフではなかった。まるで、御陵からの質問はこれまでとは別の質問であることをわかっていたかのようだ。

「部屋のリモコンは、いつ、誰が切りました?」

「それは俺です。死体が運び出された後に消しました。電気代もったいないので」

「ちなみに、暖房が入っていたんですか?」

「はい」

「お姉さんが療養に行かれたのはいつですか?」

「事件発生の一昨日です」

「斉木さんはこの家にいつ戻ってこられたんでしたっけ」

「俺が戻ってきたのも同じ日です。入れ替わりですね」

「その翌日、飲みに行った」

「あの人と行った、というならそうです」

「なるほど」

 なんとなくの仮説が御陵の中に生まれた。斉木の言葉の使い分けのルールも、おそらく理解できた。

「3Dプリンターですが、どれくらいの大きさまでの物なら作れますか?」

「俺が持っているものだと、そうですね、ボーリングの玉くらいまでの大きさなら作れます」

 ボーリングの玉、御陵は口の中で呟きながら自分の手でボーリングの玉の幅を作ってみる。これくらいなら、問題ないだろう。

 後は密室のトリックだけだ。壁越しに物置部屋の方を見つめる。ここも木目調だ。そして、物置部屋と同じくこの部屋も、物置部屋に面したドアのついている壁だけが木目調で、後は落ち着いたベージュ一色の壁になっている。

「気になっていたんですが。このお宅、リフォームしました?」

「ええ。もともと、隣の物置とこの部屋は繋がっており、一つの部屋でした。それを区切れるようにしました」

「区切れるように、した」

 区切った、ではなく、区切れるようにした。

「質問は?」

 斉木が尋ねた。御陵の仮説が固まったのを見計らったかのようなタイミングだ。

「いえ。ありません」

 どことなく楽し気な斉木の顔を見て、御陵は言った。

「答え合わせをしませんか?」

 斉木は頷いた。

「お茶を、もう一度用意しましょう」

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