第六感は時に理屈を蹴り飛ばす

 一階のリビングに戻り、再びテーブルにつく。キッチンに向かった斉木が、二人分のカップとティーポットをトレイに乗せて運んできた。斉木は慣れた手つきでティーポットからティーソーサーに乗せたカップにお茶を注ぐ。注ぎながらティーポットを高く掲げてその距離を徐々に伸ばし、最終的に両手の幅いっぱいの落差からお茶を注いでいる。不思議とこぼれていない。ティーソーサーごとカップを御陵の前に置く。

「アッサムティーです。ミルクやお砂糖は?」

「お言葉に甘えて、ミルクを戴けますか」

「どうぞ」

 彼女にミルクを渡し、斉木も自身のお茶を入れる。室内に漂うお茶の香りを楽しみながら、御陵は途中で止まっていた話を再開した。今度はこちらから切り込むつもりで、質問を投げかける。

「斉木さんは、幽霊を信じますか?」

「幽霊?」

 カップから斉木が視線を上げ、御陵を見た。

「ええ。幽霊です」

 斉木は戸惑っているように御陵には見えた。彼女は斉木に意図を悟らせないよう、あえて遠回りな質問の仕方をした。

「なぜ、そんな事をお尋ねに?」

「信じてもらえないかもしれないんですが、私、あるんです」

「ある? 何がでしょう」

「霊感、というやつです」

 斉木が御陵の顔をまじまじと見た。真偽を推し量ろうとしているのだろうか。御陵はすかさず次の手を打つ。

「信じられない、ですよね」

 途端、御陵は少し陰のある弱々しい笑みを浮かべた。御陵はよく理解していた。美人の誰からも理解されない的な、それでいて弱々しい普通は理解できませんよねという防波堤の様な自分が傷つかないための予防線張りましたよ的な発言に加えての幸薄そうな笑みは、あなたなら理解してくれますよね、味方になってくれますよねという忖度するしかないたった一つの選択肢を提示しており、男はそれをババ抜きの最後のジョーカーとわかっていながら引くしかないということに。

 斉木は首を振った。

「いえ」

 御陵は心の中でガッツポーズした。所詮斉木も年頃の男ということだ。

「自分が理解できないからといって嘘という証明にはならず、また現代社会で認識、認知されていないからといって存在しない理由にはならない。俺が知らないだけで、あなたがそう言うのなら、そうなのでしょう」

 言い方が妙に引っかかった。斉木の言い草こそ、それこそまさに理解されたことがない人間の話し方のようだった。

「では、刑事さんは何かこの家で感じる、と?」

 斉木の方から促してきた。話を続けさせるチャンスだ。どんなに嘘がうまくても、話し続ければボロが出る確率は上がる。

「ええ。男性の、おそらく葛葉さんの無念が私に訴えかけているのではないか、と」

「なるほど、義兄の無念ですか」

 紅茶を一口すすり、斉木は御陵に尋ねた。

「彼は、何か言っていますか?」

「聞き取りにくいです。殺人などによって突発的に死んだ方の霊は怒りや憎しみが強く、声は感情的で、最も強い感情を叩きつけるように発するので」

「ふむ、死んだときの痛みや苦しみばかりで、理性的な話が出来るわけではない、という事ですか」

 納得したように斉木が頷いているが、当然のことながら御陵にそんな能力はない。なので、御陵は自分で言ったでたらめを信じ込ませようとしていたにも拘らず、何を言っているんだこいつは、みたいな目で彼を見ていた。

「ずいぶんと、仲が悪かったんですね」

 御陵が言う。会話に緩急を持たせて、一気に切り込む。こちらが本命だ。

「お姉さんとの結婚にも反対していたとか。並々ならぬ敵意、悪意があった」

「義兄の霊が、そう叫んでましたか」

「ええ。霊は、相手の感情をもろに受けるので。彼の霊はあなたの感情によってさらに怒りや憎しみを募らせています。生前気づかなかった分、更に比例して大きくなっているようです。どうして、それほどまでに葛葉さんを嫌っていたんですか?」

「人を嫌いになる原因は様々です。小さなことから積み重ねてきたりもすれば、生理的に、今のところ相手に何の落ち度が無くても嫌なものは嫌、という感じで。俺の場合は後者に近いですかね」

「生理的嫌悪、ですか。でも、あなたは葛葉さんが死んだ後も嫌っている」

「まあ、嫌いですからね」

「理由を伺っても?」

 一瞬言い淀む斉木だったが「どうせ調べればわかることですから」と話を始めた。

「姉に対する暴力、DⅤです」

 御陵が眉をひそめた。女性や子ども、弱者に対する暴力は御陵も嫌うところだ。一瞬そりゃそんなクズ野郎殺して当然ですよ正解正解、と言いそうになったほどに。だが、警察官としての立場が本音を喉で押しとどめた。代わりに尋ねる。

「海外で療養中、という事でしたが、もしかして」

「ええ。精神的に参っていたので、俺が手配しました。今の環境にいることは、姉のためにならなかったので」

「実態に気づかなかった警察官の一人として、お詫び申し上げます。申し訳ありません」

 本心から、深々と頭を下げる御陵に対し、斉木は「頭を上げてください」と言った。

「義兄は表向きは良く出来た人でしたから。弁護士として優秀で多くのクライアントを持ち、休日には地域のボランティアやプレボノも精力的に行い社会に貢献している。人間とは簡単なもので、皆に優しい人だから、家庭でも優しい人なのだろうという先入観を持ち疑うことはなく、義兄もそれをよくわかっているから外面、特に第一印象は完璧でしたね。結婚式も俺以外の親戚一同は全員義兄を立派な人だ、姉は幸せ者だと羨んでいたものです。そういう人間ですから、弱者の操作方法、マインドコントロールの術も長けており、姉は完全に義兄の支配下にあったといえます。その状況では警察に駆け込むことすら頭の隅になかったでしょう」

 暗に警察に責任はない、と言われているようだ。御陵を気遣うような発言だ。

「まあ、そういう理由で、死んでからも嫌っています。ご納得いただけましたか?」

「ええ。充分に」

 殺人に至るような動機は理解した。だが、その動機が殺人に至ったのだろうか。御陵はずっとちぐはぐな感じがぬぐえないでいた。

 こうして直に斉木と対面し、話していると、非常に理性的で、落ち着いた人間であることがわかる。だからこそ、真っ先に自分に嫌疑がかかるような密室殺人など選ばないのではないか。通報されて発覚するようなヘマはしないだろうし、そもそも事件を発覚させないように持っていく。死体だって自分の家で作らない。どこか遠い山奥で、見つからないようにするだろう。密室殺人の計画など立てるわけがないのだ。

 もう一度、事件を考え直す必要があるのではないか。御陵の直感はそう言っていた。

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