犯行現場の中心で、謎に挑む
物置部屋は他の部屋と比べて少し狭くなっている。鍵の壊れたドアはまだそのままになっていた。蝶番やドアの縁を注意深く観察する。細かな傷はないか、他の箇所より古い、または新しい部品はないか、少しでも違和感を覚える部分はないか探す。もちろん警察の鑑識は事件発生後すぐに入り、丹念に調べている。彼ら以上の調査が出来るとは御陵は考えていない。彼らはプロだ。わずかな遺留品も見逃していない。御陵が見つけようとしているのは彼らが証拠とはみなさなかった何か、新たな着眼点と発想、それらを組み合わせて作られる可能性だ。
「葛葉さんのご遺体はここにあったんですよね」
御陵が指差す。フローリングの床に乾いた血の跡が残っている。
「はい。俺たちが見た時は、ドアに足を向けて、うつ伏せで倒れていました」
「背中に刃渡り二十センチの包丁が刺さっていた」
「ええ。確か丁度、背中のこのあたりに」
斉木が自分の背中を見せて、刺さっていた個所を手で示した。斉木の身長は百七十五センチ。一般男性の平均的な身長だ。対して葛葉は少し低い百六十五センチ。資料によれば肝臓にまで刃は達していたとある。
「その時、何か気づいたことは?」
「気づいたことも、全てお話ししたかと思うのですが」
「すみません。もう一度お願いします」
「まあ、大した事に気づいたわけではないんですが。俺が気づいたのは、義兄が鍵を持っていたこと、あと消防隊員さんが油絵を踏んづけていたことくらいです」
「油絵。ドアの前に置いてあった、この絵の事ですね」
近くにあった絵を掲げて見せる。
「何故床にあったんでしょうか。あんなものがドアの前に置いてあったら、開けるときに邪魔になりそうですが」
「あなたは、床に絵を置く派ですか?」
「普通は、壁に飾ると思います」
「ですよね。普通、床に置く人間はいない」
「何らかの拍子に落ちた、と言いたいならそうおっしゃってください」
「すみません。そういうつもりはなかったのですが」
その油絵も密室を形作るネックの一つだ。ドアの前に落ちていたという事は、開ける時も邪魔だが閉める時にどうすればドアの前に置けるかが問題になる。犯行後にたまたま落ちただけと捜査陣は重要視していないが、もし最初からあそこに置かれていたら、鍵と本棚、そして油絵が室内への侵入を妨げていることになる。密室の謎がさらに深まってしまう。
頭を下げる斉木から、部屋の中に視線を移す。入ってすぐ右手の壁に電灯のスイッチがあり、その上にエアコンのリモコンが設置されている。エアコンの画面は設定温度と冷房、そして停止の表示が写っていた。その下に実際のボタンが幾つかある。切・入のボタンを押すと冷たい風が吹いてきた。設定が冷房のままだ。すぐに消す。物置に使っていただけあって、壁側はほとんど棚で埋まっている。ドアから入って正面に二十センチ四方の窓があった。子どもなら何とか通れそうだが、大人では無理だろう。近づき、ドアを開ける。引っ張って開けるタイプのドアは、空気を入れ替えるためだけの機能しかないようで、十センチ以上隙間は開かないようだ。これでは子どもでも侵入は不可能だ。だが、腕が通るその十センチがあれば、密室を作るトリックになるのではないか。御陵はそこから腕を出したり、窓のサッシを調べた。結果は芳しくなかった。
「あの、すみません」
斉木が声をかけた。
「そろそろお茶にしませんか」
「いえそんな、どうぞお気遣いなく」
「そうではなく、俺が疲れてきました。いったん休憩にしていただけると、助かります。あなた方警察は、容疑者ではない相手の家宅捜索する場合、令状がないなら本人の許可と立ち合いがいるでしょう。その本人の体力を気遣っていただけると、俺としましても協力しやすくなります」
「言い方がいちいち引っかかりますが、そういう事でしたら」
途中になっていた会話を続けることもできる、と御陵は気を取り直した。
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