事件がなければ物語は始まらない
事件があった。
場所は住宅街にある邸宅。深夜、異臭がすると近隣の住人と思われる人物からヒステリックな声で怒鳴るだけ怒鳴ってすぐに切るタイプの一一九番通報があり、消防隊、救急隊が駆け付けた。彼らが駆け付けると、周囲の家々から何事かと心配そうな顔をした住民たちが出てきた。この中に、通報をした人間がいるのだろうか。
インターフォンを鳴らすと、住人である斉木頼人が顔を出した。消防隊員は彼に異臭がする通報があったことを告げ、邸内を調べさせて欲しいと話した。斉木は特に拒否することもなく彼らを招き入れる。邸宅は二階建てで、一階はリビング、キッチン、洗面所、風呂場、二階は家族の寝室が三部屋、物置代わりに使っている空き部屋が一つという作りになっている。一階は特に異常はなく、消防隊員たちは二階へと向かう。住人である斉木の部屋に異常は見当たらない。消防隊員が斉木に尋ねる。
「他の住人の方はいらっしゃいますか?」
「姉が一人いますが、今は海外で療養中です」
「ご病気ですか?」
「ええ」
斉木の許可を得て、消防隊員が彼の姉の部屋を調べるも、異常なし。三つ目の部屋はマットレスのみのベッドと何も置かれていない棚、机と椅子が一つずつあるのみで、生活感のない部屋だった。埃が少し積もっていて、長らく使われていなかったと思われた。案の定異常は見つからない。
残るは最後の部屋、物置代わりの空き部屋を調べることになった。消防隊員が開けようとすると、鍵がかかっている。斉木が一階に鍵を取りに行く。しばらくして、戻って来た斉木が消防隊員に告げた。
「すみません。鍵が一階にありませんでした」
「無くされたんですか?」
「元の場所になくて」
斉木は申し訳なさそうに頭を掻く。
これは困ったことになった、と消防隊員は頭を抱えた。通報があった以上、安全確認をするのが彼らの仕事だ。
「他の出入り口はありませんか?」
「小さな出窓が一つありますが、人が通れるような大きさではありません。隣の俺の部屋と通じるドアはあるのですが、今は両方の部屋に棚が置いてますので、これも」
通れない、という事だった。一応斉木の部屋からドアを開くも、彼の言った通りしっかりとした木製の本棚が置いてあり、しかも地震対策で突っ張り棒をつけているのか押してもびくともしない。通り抜けるためには本棚を壊すことになる。
部屋の中から音がする。エアコンが動いているようだ。温かい風が流れ込んでくる。わずかにできた隙間から消防隊員が中の様子を見ようと覗き込む。
足が見えた。
「大丈夫ですか?!」
消防隊員が声をかけるが、足はピクリとも動かない。要救助者を発見したことを無線で伝えながら、消防隊員は異臭が漂ってきたことに気づいた。足が見える方からだ。
「緊急事態です。申し訳ありませんがドアを破ることになります」
「わかりました」
もっと渋るかと思いきや、斉木はすぐに許可を出した。消防隊員たちは物置部屋のドアを工具でこじ開けた。内開きのドアが部屋に向かって押し込まれ、途中何かにつっかえた。消防隊員が力任せに押し込むと、ドアは軋みながら人間が通れるほどの隙間を開けた。隙間に体をねじ込んだ消防隊員が発見したのは、うつ伏せに倒れた、背中に刃物が突き刺さった男性の遺体だった。死体は死後かなりの時間が経過しており、腐敗が少し進んでいるようだった。それが異臭の原因のようだ。近づこうとした消防隊員の足が何かを踏んだ。下を見ると、厚さ四から五センチ、長さ五十センチくらいの大きさの正方形の板、油絵があった。この絵がドアにつっかえてドアが開きにくくなっていたようだ。絵を取り除き、他の隊員たちも部屋の中へと入ってくる。
「ご家族ですか?」
消防隊員が後ろに控えていた斉木に確認を求めた。
「姉の夫で、義兄です。だった、が正しいでしょうか」
そこで、斉木が何かに気づいたように人差し指を部屋の中に向けた。
「あ、鍵」
消防隊員が振り返り、斉木が示した先を見る。倒れた遺体の手に、物置部屋の鍵が握られていた。
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