計画通りにはいかない

「何で、こんなことに」

 頭を抱えた。

 嵐の夜。陸の孤島。古びた洋館。閉じ込められた男女七人。ミステリーなら王道、完璧なシチュエーションだ。そして残りのパーツである死体が、僕の前に転がっている。


 大学で所属しているサークル、ミステリー同好会の恒例合宿で、年に三回の大型連休中、山奥の洋館に一週間滞在してミステリー小説や漫画を創作する。

 いかにもミステリー研究会っぽいイベントが、部長のご機嫌取りに代わって四回目の初日の夜。大陸方面に抜けるはずだった台風が突如として方向転換し、僕たちの滞在する地域を直撃した。

 古さのために隙間のできたドアサッシのせいで、雨粒の当たるガラス窓が十六ビートを刻んでいる。僕の心臓も同じくらい早く鼓動を刻む。なんせ死体が転がっているのだから。

 死んでいるのは我らが部長。在学中に賞を取ったので一躍大学内で有名になってちやほやされ始め、比例して本人の性格もゆがみ始めた。おとなしくて自己主張の少ない男の空いていた両脇を女子が埋めると、とたん強気のビッグマウスのイケイケ君に変貌してしまった。繊細で部員一人一人に気を遣っていたのは遠い昔、今では部員を顎で使っている。

 はじめは我慢していた。賞を取ったのだから、調子にも乗る。乗らなくてどうする。創作に関わる人間が調子に乗っていいのは誕生日か賞を取った時くらいだ。いずれ元の創作仲間に戻ってくれるだろうと思っていた。けれど、一年過ぎても変わらず、むしろますます増長していった。

 そんな彼が死んでいる。いつも籠っていた洋館二階、階段上がって三番目の部屋で、最近では酒とタバコと女子受けを狙った甘い香水の香りがこもる部屋で、たった一人で横たわって死んでいた。

「何で、こんなことに」

 もう一度同じ言葉を呟いた。

 憎かったけど、死んでほしいとは思わなかった、わけではない。

 逆だ。本当に死んでほしかった。度重なる彼の横暴に、元居た部員たちが次々と辞めていき、代わりに小説を読んだこともない連中が自身の箔のために寄ってきた。大学であまり居場所のない陰気な僕たちの唯一と言っていい憩いの場は、最も居心地の悪い場所へと変貌した。それでも僕は耐えていた。惰性で居続けていた、ともいえる。彼の横暴にも慣れ始め、卒業するまでの辛抱だと諦観していた。そんな時、彼は言った。

「お前の作品、相変わらずつまんねえな」

「昔から全然進歩してねえし」

「賞の取り方、教えてやろうか?」

 今思えば、自分がスランプになっていて、皆から薄っぺらな自分自身に愛想をつかされて徐々に人が離れ始めた焦り、苛立ちもあったのかもしれない。だが、それで許す、許さないは別問題だ。あの時初めて知った。本当に人を殺そうと思う時は、怒りすら沸かない。ただただ静かに、今日の夕飯はカレーにしようと決めるくらい普通に殺そうと考えられるのだ。

 だから、僕は今夜、彼を殺しに来た。なのに、忍び込んだらすでに彼は死んでいた。だから、僕の呟きには続きがある。

 何で、こんなことに。僕の計画が台無しだ。

 言葉の代わりに、持っていたロープが足元に落ちた。


 目を瞑ったままの部長は口角に泡をつけ、床の上に倒れている。テーブルにはワイングラスとボトルが一本。これを飲んで死んだのか。確認はできない。飲むわけにはいかないし、匂いを下手に嗅いで自分まで中毒症状がでたら目も当てられない。

 ドアには内側からカギがかかっていた。そして、入ってすぐにカギをひっかけるためのフックがついていて、そこにカギが引っかかっている。つまり、部長が内側からかけたのだ。

 そんな部屋になぜ僕が入れたかというと、答えは簡単。部長のカギと僕のカギをあらかじめすり替えておいたのだ。洋館のカギはまさにカギという形をしていて、見た目がそっくりだ。番号札がそれぞれのカギを識別している。部屋に戻るときに彼の代わりにカギを開けてあげれば、後は番号札を入れ替えるだけで簡単にすり替えることができる。各部屋を割り振って一人一人にカギを渡すのは副部長の僕の役目だからだ。あとは、彼自身が内側からカギをかける。夜中に忍び込んで、彼を殺害した後にカギを入れ替えればいい。

 これだと、入るのは容易いが出るときに密室にならない。だから僕は絞殺を選んだ。カギをかけなくても部屋を密室にできると考えた。そう、死後硬直を利用する方法だ。死後硬直は死亡から二、三時間で始まり、六時間で全身に広がる。それから二、三日で硬直がほどける。死後硬直は気温等で時間が前後し、夏場は一日、二日でほどける。それを利用して密室を作り、エアコン予約で死後硬直を早めるつもりだった。有名な作品のトリックを実践するつもりだったのだ。副部長という立場と言葉による誘導で誰も部長の部屋に行かないようにするのも別の有名な作品のオマージュだ。この場合、別にハエがたかってもたからなくても問題ない。密室はすぐに破られるのだから。

 全ての仕込みは完璧だった。唯一にして最大の誤算は部長がすでに死んでいることだ。

 調子に乗りに乗っている男が、自殺をするとは思えない。ならばこれは、他殺とみるべきだろう。僕以外に殺害動機を持つ人間は元メンバーだが、今回のイベントに参加していない。僕ともう一人の男子以外は女子ばかりだ。もう一人の男子も、今年の新入生で、部長の存在に憧れてサークルに入ったもののイメージと違って失望はしただろうが殺すまでには至らない。動機のない人間ばかりのはずなのに。

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