テンプレートのような、でも深刻な動機
僕たちを迎え入れた神保は、ソファへと案内してくれた。すでに嫌な予感がビンビンにうなじを刺激して逆立っている。
「もう、バレちゃってる、んだよね」
こちらを伺うように神保は言った。何が、とは聞かない。ただ、予感は確信に変わった。張りついた笑顔で彼女が話すのを待つ。
「あたしが、部長を殺した、かもしんない」
対面のソファで俯き、両肘を両ひざにつけて手を組む彼女の顔は見えない。ただ声音から、懊悩の色がみえた。
「何があったか、教えてもらえるよね。もちろん、トリックについてはわかっている。僕が知りたいのはなぜこんなことをしたか、動機だ」
神保が口ごもった。言いたくない事なのだろう。彼女は部長に何かされたのか、いや、何かされて黙っているような性格とは思えない。
その時、ふと思い出した。押上と話していた時、彼女が一瞬物凄い目で僕を睨んだ時があった。そう、あれは。
「部長の盗作問題」
ビクンと神保の肩が跳ねた。
「君は、関係者だった、んだね」
尋ねると、彼女の首が力を失って、頭が重力に引かれた。
「部長が発表した二作目の作品。読んでびっくりしたよ。まんま茜が私に読ませてくれた話と同じだったんだもん」
「茜?」
「あたしの二つ下の妹」
二歳下、彼女が大学三年だから、今高校三年か大学一年になるのか。そう尋ねると「今年大学生になる、はずだった」と悲しそうな顔をした。
「茜は本が好きで、高校では文芸部に入って、自分でも小説を書いてた。色んな賞に応募したり、ウェブ上に掲載したりして。その辺は、副部長の方が詳しいよね。でも、やっぱりプロになるのはなかなか難しくて、落選するたび落ち込んでたの」
気持ちが痛いほどよくわかる。思わずもらい泣きしそうになるほどだ。
「そんな時、ミステリー研究会の部長が在学中に賞を取った話を聞いてさ。茜に話したわけ。あたしが参加しているインカレサークルのある大学に、プロの作家がいるって。あの子びっくりして、そして興奮気味に言ったのよ。是非合わせてほしい。プロの人に教えてもらいたいって。大人しい茜が、あれだけ積極的になるのも珍しいし、何とか力になりたくて。それで、オープンキャンパスの時に、友達にちょっと案内を頼んで引き合わせてもらうよう頼んだの。その日、あたしは丁度バイトだったから。仲良いサークルの友達だし、ただ会うだけなら大丈夫だろうと思って」
あの時、私が一緒に行っていれば、と彼女は悔やんだ。何度も、何度も悔やんだのだろう。
ここからの展開が何となく想像がついた。そんなテンプレート的な流れが、現実に存在するのか。
「最初はすごく喜んでくれた。プロの話はためになる、とか、作品を添削してもらった、とかはしゃいで。受験のモチベーションも上がって、大学でミステリー研究会に入るって、そう言って頑張ってた」
そんな時、彼女たちは部長の二作目を読んだ。そして、彼女の妹は、自分の作品が使われている事を知った。
「せめて理由を聞こうにも、茜の連絡には出ないし、大学の部室に行っても会えなかった」
「部長は、その頃大学にほとんど来ていなかった。その頃はまだここから売り出そうと出版社も気合を入れていたから、全国の色んな本屋でサイン会を開いてもらってたんだ」
なぜか僕がマネージャーみたいに引っ張り回されたからな。当時の様子はよく覚えている。
「なるほど、道理で探し回っても会えないわけだ」
苦笑いしながら、神保は頬を掻いた。
「このまま泣き寝入りなんて冗談じゃなかった。茜がどれだけ苦労して作品を創っていたか知ってたから、なんとしても取り返したかった。受けるはずの称賛、名誉、努力が報われたという達成感、そういった色んなものを。だから、サイトやネットに書き込んでやったの。部長の作品は盗作だって。石を投げたら、部長や出版社から何かの反応があると思った。ほら、よくあるじゃない。投稿した人間を特定して名誉棄損で捕まえるってやつ。それを逆に期待してたの。私の元に警察が来たら、茜の作品を、本物を突きつけてやるって。でも、実際そうはならなかった。炎上までは想定できたけど、出版社は盗作ではないと弁明しつつ、本を回収し始めた。何の真相も説明しないで、なかったことにしようと動いた」
あたしの一番の間違いだった。ぎゅうっと、神保は拳を赤くなるほど握りしめた。爪が皮膚を破り、血が滲み始める。
「そんな時、茜が自殺未遂を図った。手首を切って」
隣の住吉の息をのむ音が聞こえた。
「幸い発見が早くて、命には別条はなかった。問い詰めたよ。なんでこんなバカなことをって。そしたらあの子、私に何て言ったと思う?」
泣き笑いの表情で、神保は語った。
「お姉ちゃんのせいだって。そう言ったの。曲がりなりにも世に出た自分の作品が、盗作のレッテルを張られて消されてしまったって。もう、誰の目にも止まらない、作品が死んでしまったって、初めてあたしをなじったの」
事実、出版社の奔走のおかげで炎上はすぐに鎮火した。同時に人々の興味も薄れていった。もう、あの作品の事を知っている人間は数少ないだろう。これから興味を持つ人間は、それこそ皆無。人々の記憶から消えた作品は、妹さんの言う通り死んだも同然だ。
「病室を追い出されて、あたしは途方に暮れた。妹に償う方法は見当もつかない。これ以上何をやっても逆効果になりそうだった。ショックで大学に行く気力もなくて、ずっと部屋に引きこもってた。それから何日経ったっけか。友達が、気晴らしにどうって声かけてくれたのが」
「この、合宿だったわけか」
神保が頷く。
「友達は妹の自殺未遂の事は知ってても、盗作騒動の事までは知らなかったからね。ただの善意だと思う。向こうもちで田舎の別荘に泊まりに行けるみたいだからどうって」
怒りがよみがえったわ。神保の目がこちらを見据えた。
「妹の作品を奪っておいて、のうのうと合宿だなんて、許せるわけがない。でも同時に、好都合だと思った。せめて本人に直接謝罪させてやる。妹が追い詰められたように、部長も追い詰めてやる。そう思って、合宿に参加した」
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