フィクションという大きな木の枝葉
「いえ、それも違うような気がします」
住吉が僕の部長攻撃的説を否定した。僕を気遣うわけではなく、そう思ったから言った、という感じで、それが少しうれしい。
「副部長サンが見てきた部長サンこそが、間違いなく部長サンの本質だと思われます。通常であれば、襲うことなどなかった」
「永田さんに会う前に、通常じゃないことが、あいつの身に降りかかった、ってこと?」
住吉が頷いた。
「曲がりなりにも、部長サンはデビューし、一応社会的地位を築いた人間です。部長サンにとっての身内、副部長サンたち以外に無茶苦茶な要望要求をするとは思えません。だって、その地位を守るために、必死で虚勢を張っているわけですから」
「確かに、その通りだ。そのくらいの頭は残っていたはず。それを捨ててまで色欲に走ったのは、なんでだろう?」
「そこまではわかりません。ですが、永田サンの話から、自棄を起こしていたような印象を受けます」
「うん。力づくなんて、正直賢くない」
部長はかなり小柄な方だ。体つきも細い。腕力で押さえつけるなんて短慮もいいとこだ。本気で襲うつもりなら、睡眠薬とか、相手を無力化することに知恵を絞るはず。つまり、部長のこの行動は衝動的行動の可能性が極めて高い。
「部長サンが自棄になるとしたら、どんな理由でしょうか?」
「理由、理由か」
僕が部長を殺そうとしたのも、ある意味で衝動的で自棄だったのかもしれない。言い方の問題はあれど、いつまでも一次審査すら通らない自分に苛立っていたのは事実だし、そこを突かれたから普段であれば出てくることのない殺意が表出したわけだし。
「ん……?」
「何か、気づきましたか?」
僕の顔を見上げる住吉に少しドギマギしながら応える。
「いや、もしかしたら違うかもしれないんだけど」
「またそういう前置きを」
「いや、わかってくれよ。保険を掛けるのが癖になってるんだよ」
「掛け金で家が建ちますよそのうち。で?」
「ああ。部長は僕と同じタイプ、つまり、部長も作品、執筆がある意味生きがいで、プライドのありかだ。もし僕が自棄になるとしたら作品関連のことじゃないかなと思って」
「部長サンも、何か作品関連で問題を抱えていた、ということでしょうか」
「かもしれない。で、あいつの作品関連で一番大きな問題といえば、以前あった盗作事件だ」
僕が知る限りの顛末を住吉に語った。
事の起こりは去年のゴールデンウィークくらいだったろうか。華々しくデビューを飾ったものの次の作品がなかなか生まれなかった部長がようやく出した二作目。それが、ある通販サイトのレビューで盗作だと書かれた。部長は出版社に呼び出され、出版社はレビューの削除を求めたり世間に対しての火消しに追われてかなりの騒ぎになった。もちろん本人は否定したし、そもそも出版社はそういう事を調べて、精査してから本を出す。色んな本を精査し、ウェブにアップされているアマチュア作品まで調べても、部長の作品と同じものはなかった。事実無根であると証明されても風評被害は残り、本は全く売れなかった。返本が積み重なっていくと同時に、出版社は部長を見限り始めたように思う。
正直なところ、この世の全てのフィクション作品はどこか似たり寄ったりなのは否めない。完全なるオリジナル作品など存在しない。ミステリー作品でどれほど奇抜なアイディアを出したとしても、必ず似た設定、似たトリックがあり、類を辿れば最終的にシャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロに行きつく。僕が大体の作品はパクリだと言ったのはこのためだ。だから、少しでも違えばオリジナルと呼べる。一次創作は余程似せない限り、それこそ丸々写しでもしない限りオリジナル作品になるのだ。絵でも文字でもその人の癖が出る。その癖がオリジナルだからだ。有名な作品でも「あ、これ他の作品で見た展開と似てる」と思う時がある。それでも、それはオリジナルなのだ。
僕も部長の本は読んだ。自慢気に配ってくれたからな。性格は悪くなったが、作品は嫌いになれないのがまた腹立たしい。悔しいが、面白い作品だった。
でも、これまで多くの部長の作品を読んでいたからか、なんとなく作風が違うような気がしたのもまた事実だ。同時に違和感も多く感じた。句読点の入れ方にぎこちない感じがしたし、文体のリズムもなんだか違う。作品から感じる雰囲気というか、そういうのも今までと違っていた。
僕の所感まで聞いた住吉はふむふむと頷いている。
「では、とうとう出版社からクビを言い渡されたのでは?」
小説家のクビが世間一般のクビと同じかはわかりませんが、と住吉は続けた。
「そうなれば、自棄になってもおかしくない。あいつのデビューまでの努力を知っているから」
だからこそ、二作目は作風を変えてでも面白くしようと努力した、そう信じていたのだが。
「そういえば、僕がリビングで盗作事件の話をした時、彼女、神保さんが一瞬僕を見ていた気がする。気のせいかもしれないけど」
「本当ですか? もしかして彼女は、その事件の関係者だったりするんですか?」
「かもしれない。少なくとも何か知っているような気がする」
「丁度いいですね。これから話を聞きに行く相手が決まりました」
彼女の言葉に従い、次は神保の部屋へと向かう。先ほどの永田の部屋を訪れた時と同様にノックする。すぐに返事があったので、ドア越しに話を聞きたいんだと伝えると、神妙な顔の神保がドアの隙間から顔を見せた。
嫌な予感がした。先ほど、永田たちが僕に見せたのと同じ、何か覚悟を決めたような顔だった。やめてくれ、どうか、僕の勘違い、気のせいであってくれ。
まあ、この合宿中、僕の切なる願いが聞き届けられて事なんて、ないんだよね。
僕たちを迎え入れた神保は、開口一番に言った。
「あたしが、部長を殺した、かもしんない」
心の中で、僕は頭を抱えて絶叫した。
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