謎は全て解けたけど、解けない方が良かった
「昨日の夜から、今日副部長たちが買い物に行ってた間のことですよね」
両手を膝のあたりでこすりながら、押上は語りだした。
「昨日の夜の事に関しては、すみません。本当に心当たりはないんです。滅茶苦茶眠くて、うわ、すげえ豪華なベッド、とか言って寝ころんだら、そのまま寝ちゃってて。気づいたら朝になってました」
「疲れてたんだろうな。ここまでずっと運転してきてくれていたし」
僕の言葉に、押上は頷いた。
「ええ。それに、サークル仲間で旅行って、大学に入ってやってみたかった憧れのイベントだったんです。俺、高校時代は野球部だったんですけど、まあ、当然合宿とか男ばっかりで華やかさの欠片もなかったから。今回の合宿は女子、しかも住吉さんみたいな美人ばっかり参加してるじゃないですか。当然テンション上がっちゃいますよね。一日中フルスロットルで、知らないうちに体力使い切っちゃってた、みたいな感じです」
僕は見逃さなかった。美人ばかりと言われた時、住吉がちょっと照れたように顔を一瞬わずかに逸らせていた。住吉でも照れる事あるんだと妙な関心をしてしまった。
「でも、その代わり朝は五時ごろに目が覚めました。シャワー浴びて、着替えて、髭沿ったり歯磨いたり身づくろいして、リビングに降りたのが、確か六時半だったと思います。誰もいなくて、寂しくジュース飲みながら待っていました。最初に来たのが、神保先輩だったかな。七時くらいだと思います。次が永田先輩、白河先輩、で」
「私ですね」
押上に視線を向けられた住吉が答えた。
「そして最後が」
「僕、ということか」
あの時の起きてきた順番はわかった。
「正確な時間はわかるかい?」
「そこまでは、すみません。わからないです。でも、神保先輩以外、大体八時から九時の間だったと思いますよ。副部長が十時だったと思います。皆様子がおかしくて、俺がこの時どれだけ副部長たちに早く起きてきてほしかったかわかります?」
彼の気苦労察するに余りある。女性がピリピリしている空間は、男にとってはどこを開けても爆発するマインスイーパーと同じだ。触らないのが唯一の解決策。
「それで、たまらなくなって部長に声をかけに行きました。九時過ぎ、ぐらいだったと思います」
彼はノックして、ドア越しに声をかけたそうだ。
「何て声をかけたんだ」
「確か、部長起きてますか、とか。後は、皆が待ってます、とか最初に伝えましたかね」
「最初は、という事はもう少し声をかけたわけだ。どんな感じで呼んだんだい?」
「ええと、確か、そうだ。今のリビングの現状を伝えました。ほら、副部長に伝えたみたいに」
「僕に?」
言われて、記憶を呼び起こす。彼は起きてきた僕になんと言ったんだったか。
「『リビングにいる女性陣の様子がおかしいんです。妙にピリついていて、昨日はあんなに楽しそうだったのに』」
思い出してきた。そういえばそういうようなことを話し合った気がする。あの時の僕は、この中に犯人がいると思ってそっちばっかりに気を取られてそれどころじゃなかったんだけど。そして彼はそんな僕に尋ねたんだ。
「『昨日、なんかあったんすかね?』って」
それだ。
ああ、くそ、もしかして、そういう事か? 僕の中で嘘みたいな仮説が積み重なっていく。普通の人であればそうはならないだろうというような、でも、僕たちのような臆病な人間に当てはまる仮説が。
「そしたら、ガタン、ってドアの向こうで音がして。起きてると思いました。だから『みんな待ってますから、早く来てくださいね』って。後は、副部長が起きてくるまではリビングで縮こまってました」
押上が話を終えた。僕は、何とか笑顔を保ちながら押上に礼を言った。
「どう、ですかね。事件の真相、こんなんでわかりました?」
「ああ。安心してくれ。君のおかげで僕の推測は裏付けされた。もちろん、この件はきっちり警察が調べてくれる。事情聴取はされると思うけど、正直に話せば何も問題ないし、君に何の落ち度もないことがわかるだろうさ」
「本当ですか?」
「ああ、僕の推測通りだ。この館で悲劇はもう起こらないよ」
良かった、と押上が脱力してソファーに体を預けた。
「安心して、ゆっくり休んでくれ」
彼にそう声をかけ、僕は立ち上がった。住吉も後に続く。
「何かあれっすね」
部屋を出ようとした僕に押上が声をかける。
「二人、本当にバディみたいですよね」
言われ、思わず住吉の方を向いた。彼女も僕を見ていた。
「実は、あれでしょ? 副部長の方が話を聞き出すワトソンで、住吉さんの方が推理するホームズ、とか? 最近流行ってるじゃないですか。気弱だったり陰キャだったり口下手だったりで表に出たがらない名探偵を、語り部のサポート役が引っ張りだしたり話を聞かせて事件を解決する、みたいな」
どきっとする。まさにその通りだったからだ。大口叩いたものの僕は何もわかってなくて、住吉が要所要所で発したヒントを何とか組み立てているに過ぎない。それを思えば、僕は彼女に操られている、と言っても過言ではないかもしれない。まあそれを彼に言うわけにもいかないので、代わりにミステリー研究会副部長らしい訂正をしておく。
「最近じゃないだろ。安楽椅子探偵は、昔からある王道だ」
「本当だ。やっぱり副部長が言った通り、現存するミステリーは過去のパクリなんですかね?」
「パクリというと、言葉が悪いかもな。過去の作品をリスペクトし、解析し、自分のテイストでアレンジしてさらに良い物へと昇華させるクリエイターの努力の結晶が、今の、そしてこれから現れる作品なんだと思う。でなきゃ、今でもミステリーはコナン・ドイルやアガサ・クリスティーしかみんな読んでないことになる。比べるものじゃなくて、昔も良いけど今も良いものがたくさんある。それがこれからも積み重なっていく。そして、そんな面白い物ばかりの中に割り込まなきゃいけないんだから、新人のクリエイターは吐く程悩んで良い物作ろうとするんじゃないか」
「茨の道、ってやつですね」
「ああ。それでも、その全ての苦労が報われる瞬間ってのが、あると思うよ」
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