真相に至る直前
「副部長、と住吉さん?」
ドアを開けた押上は、不安そうな顔で僕たちを出迎えた。
「どうしたんすか? 何か用です?」
僕と住吉の顔を交互に見比べる。
「少し、話を聞かせてほしいんだ」
「話、というと?」
彼は首をかしげた。さっきまでの永田や神保と違い、なんというか話の進むテンポが悪いな。いや、あっちが早すぎたのか。だって、話を聞きに行ったら追い詰める事もなく自白が待ってるなんてどんなミステリーだよ。普通はこれくらいだ。少しずつ小出しにされる情報にやきもきしつつそれを組み立てていくのがミステリーの推理の醍醐味だということを思い出そう。
「部長について」
そういうと、ゴクリと喉を鳴らして押上の顔が引き締まった。彼は、部長が死んだ状況を僕たちと一緒に見ている。さて、どう切り込むか。
「俺を、疑っているんですか?」
どう切り込むか悩んでいたら、向こうからけん制のサーブを打ってきた。彼の反応も仕方ない事だ。僕は全てまるっと大体お見通しと大見得切った人間で、その人間が話を聞きたいと言ったら犯人ではないかと疑われている、と勘違いしてもおかしくない。全くそんなわけはないのだが、好都合だ。これを打ち返して話のラリーにつなげることにしよう。
「俺は犯人じゃないです。殺す理由がない。そりゃ、サークルに入って、横暴な人だなとは思ってたけど」
「わかっているよ。僕は、それをきちんと証明したいだけだ。僕の推測が当たっているかどうかを確認するために話を聞きに来たんだ」
「副部長の推測は、どういう風に見ているんですか?」
「悪いね。そこはまだ語るべき時じゃないんだ」
再び僕の中の名探偵成分が疼いた。実際は語るべき物を持っていないからだが、押上は何故か尊敬のまなざしを向けて納得してくれたようだ。
「僕たちと一緒に部長の遺体を床に下ろしたよな」
「はい」
「その時住吉さんが見てくれていたんだが、死後硬直はまだ緩やかだった。死後硬直に関してどこまで知ってる?」
「ネットで漁ったくらいですけど、死後六時間から八時間でピークに達して、三十時間ほどで再び柔らかくなる、とかですか」
「充分だ。つまり、僕らが部長を発見した時、死後硬直は始まったばかりだということだ。僕らは専門家じゃないから絶対とは言えないけど、部長は死んでから六時間以内、実際はもっと前ではないかと考えられる」
押上の喉がゴクリと鳴った。
「昨夜から今日の朝、そして僕たちが買い物に行っている間、何かおかしなことはなかったかい?」
「おかしなこと、ですか?」
「何でもいい。気になったことだよ。自分の行動から派生したものでもいいし、他の誰かの気になる行動でもいい。ゆっくりと、その時の情景を巻き戻しながら思い出してみて欲しい」
再びのメンタリスト。だが
「そう言われても」
押上は苦しそうに首を捻るばかりだ。もう少し、こちらから何か記憶を呼び戻すためのとっかかりを渡さなきゃいけないようだ。
「押上クン」
それまで黙っていた住吉が口を開いた。
「押上クンは皆に、部長と何があった? と尋ねていたよね」
「う、うん」
「押上クン自身はどうですか?」
「どうだ、とは?」
「押上クンも何かあったんじゃないですか? でなければ、あの質問は出ないような気がしました。押上クン自身が部長と何かあったから、ああいう質問が出たのではないかと思いました」
押上は口を強くつぐんだ。何かの記憶が、今の住吉の言葉で引っかかったのだろうか。もう一押し、彼女の言葉を援護する。
「何かあった、では意味が少し違うかもしれないな。君自身が何かしたわけじゃない。部長に何かあったのではないか、と思うような、わずかな違和感をどこかで覚えたんじゃないか?」
目が一瞬左右に泳いだ。
「あるんだね?」
「え、いや、あの」
しどろもどろになる押上、冷静さを取り戻されたらもう口を開いてくれないかもしれない。
「話してほしい。その違和感を。それで全ての謎が明らかになる」
彼の顔をじっと見つめる。住吉も何も言わず、押上の言葉を待つ。やがて観念したように口を開いた。気のせいかもしれないですけど、と何度も前置きして。
「実は俺、副部長が起きてくる前に、先に部長を呼びに行ったんです」
初耳なんですけど。
「すみません。後から副部長の注意を聞いて、俺、やっちまった、と思って。でも、外から軽くノックして声かけただけだったし、物音がしたから『あ、起きてたのか』なんて思ってたけど結局部長は怒ることはなく起きてこなかったから、まあいっか、で済ませてたんです。でも、でもですよ。もし、その時に俺が部長の異変に気付いていれば、こんなことにならなかったんじゃないかって、今更だけど、俺」
話していくうちに興奮してきたのか、押上の話すペースが上がってきた。
「落ち着いてくれ。ゆっくり、順序だてて話をしよう。でないと情報が欠落してしまうかもしれないからね」
「す、すんません」
「良いんだ。さ、ゆっくり深呼吸して」
押上が腕を大きく開いて深呼吸している間に、僕はばれないように息を整えていた。彼が何気なく言った事実が、僕を揺さぶっている。
押上が部長を起こしに行ったとき、物音がした?
つまり、あれか? 部長はその時まで生きていたってことなのか?
横目で住吉を見ると、彼女も興味深そうに彼の話に頷いている。これから語られる押上の話によって、この館で起こった事件の全貌が見えてくるかもしれない。真相に近づきつつある。そう直感した。
うっすらとかいた手汗をジーンズで拭い、僕は前傾姿勢で押上が語り出すのを待つ。
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