伝説のマッサージ師

 

 魔神ヤギナ・コ・カリトノスは数多のアーティファクトを手に入れ、それらを使いこなすことで強大な力を手に入れた。

 彼女のアーティファクトの中には、魂を分離して、何かあった時には、そちらへ本体の意識を移すことができる超一級の遺物があった。


 そのため、加納豊というあまりにも規格外の敵に破れても完全に滅ぼされることはなかった。


 分裂したヤギナは、11歳ほどの人間の姿の幼女となってしまっていた。

 身体がちいさいせいで、立派な巻き角が重たくて敵わない。

 フラフラバランスを取りながら、ヤギナは物陰から怯えた眼をのぞかせる。


 いた。

 加納、加納豊!


 恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい……恐ろしすぎるっ!


 ヤギナは青空が見えるようになった『結晶』45階層で、光の粒子となった仲間たちを蘇生するその男の顔をよく覚えることにした。


「覚えていろぞ、カノウ・ユタカ、いつの日か必ず復讐を果たしてやるぞ」


 一方、地上では火山でもないのに噴火した霊峰を見上げる人々で溢れかえっていた。


 そのうちの何人かは加納豊と芽吹琴葉と覆面男の姿を目撃していた。

 しかし、その後、誰一人として彼らの姿を見た者はいなかった。


 電光石火の活躍をみせていたS級冒険者11位と12位は、忽然として活動を停止し、表舞台から姿を消してしまった。


「カノウ様ですかぁ? ええ、本当に紳士な方で、強くて、カッコよくて、あんな旦那様がほしいなぁって思いますぅ」

「カノウ様はゲールズ家の誇りですよ。ええ、有名になる前から知ってましたからね、ゲールズ家の一員と言っても過言ではありません」

「カノウ様は世界で1番カッコよくて、1番強い、最高のヒーローなのですよっ!」


 世界各地で加納と芽吹が旅した痕跡は残っている。

 彼らに接触した者も少なくはない。


「ああ、彼らのことならよく覚えているさ! 本当にご機嫌最高絶好調な勇者たちだった! え? カノウとメブキが勇者なのかって? もちろん、奴らは世界を救う為に別世界から来た勇者さ! あ、彼らとの攻略の日々は近日発売『マンチェストのダンジョン生活 4巻』にて詳しく語っているから、ぜひお近くの書店で買い求めてくれ! 今日もご機嫌最高っ!」


 マンチェストはその後、S級3位の冒険者以外にも、幻の勇者とともに冒険した男として、大ベストセラー作家としても有名になった。


「彼は武器を使わないのさ! そうそう素手でね! ジョブ? 私は重戦士を名乗ってるけど彼はどうだろう! ああ、思い出したよ、そう確か彼はこう言っていた──『これはマッサージです』ってね!」


 幻の勇者が使用したとされる超武術マッサージは昔年のミステリーとして学者たちの間で議論が交わされ、また世界中の戦士たちの間でそのマッサージをもちいた戦いがブームになった。


 多くのニセ・マッサージ流派が横行したが、結局、誰一人としてその正体にたどり着けた者はいなかった。


「え? 私がなぜS級ダンジョンのハウスマスターを左遷されて、C級ダンジョンのハウスマスターをやっているかだって? はは、面白いことを聞くね。うん、今なら確信を持って言えるね。全部、カノウ君のせいだと」


 魔神を討ち、不可能と言われたS級ダンジョンを制覇した『伝説のマッサージ師』加納豊と、その相棒、『血塗れの殺し屋』芽吹琴葉は今もなお人々の心に残り続けている。


 

 ────



 ──2年後


 最後の戦いから月日が経った。

 俺たちはすべての特殊能力を失った。


 ミスター・ゴッドは約束通り俺たちに異世界永住できるようにはからってくれた。

 とはいえ、ミスター・ゴッド本人には会っていない。

 どうやら、彼はプログラムのような存在だったらしく、チュートリアル会場から最後の勇者が出た時点で役目を終えたようなのだ。

 

 その正体がなんだったのか。

 今となっては知るよしもない。

 聞くところによると、ダークスカイの極一部だけが知っているようだが、それをわざわざ詮索するつもりにはならなかった。


 俺は冒険で貯めた資金を使って、新しい人生を歩きはじめた。

 ただ、マッサージ神は俺を逃してはくれなかった。

 俺の視界には常にマッサージを必要とする者が現れる。そういう風に世界の運命が組まれているのだ。


 その事を強く自覚した。

 だから、過去を否定することをやめた。

 そもそも否定する必要なんてなかったんだ。

 異世界に引っ越して、多忙な毎日から解放されて俺が理解したことがある。


 睡眠時間はたっぷり取ろう。

 である。

 前世の俺が家を飛び出すほど追い詰められていたのは睡眠不足が原因だったのだ。

 だから、今はたっぷり2時間、睡眠を取っている。

 幸せな毎日だ。

 芽吹さんとは相変わらず仲良くしている。

 「加納さん、家族になりましょう」と神妙な顔で言ってきたので、俺は快く承諾し、いまでは芽吹さんは俺の妹になってもらって一緒に暮らしている。

 本人は「なんで妹……」と不思議そうにしていた。


 使命を終えた俺は、辺境の名もなき村で、フワフワコロガリムシを畜産して暮らしている。

 フワフワコロガリムシたちは、俺がS級ダンジョン『雲海』にて『深淵の楽譜』をつかってテイムして捕まえてきたやつらだ。

 俺はこの名もなき村から、フワフワ事業を展開するつもりである。


 フワフワたちの世話をして、たまに村の老人たちにマッサージをして、若返ったようだと感謝される。

 心地よい日々だ。

 ひとつ誤解があるとすれば、実際に老人たちの細胞を再生させてるので、5歳刻みで若返っていることくらいか。


 収穫シーズンに入り、20匹いるフワフワコロガリムシの毛刈りに勤しんでいると、見知らぬ馬車が名もなき村にやってきた。


 黒塗りの馬車から覆面をした謎のエージェントGが降りてくる。うん、謎じゃなかった。


「ミスター・加納、世界に危機が迫っています」

「放っておいてくれるって話でしたが」

「ですが、あなたの力が必要です」

「はぁ……今度は一体なんなんですか」

「秘密結社ダークスカイが保有する深淵アーティファクト『終末シナリオ』により、我々は人類に迫る危機を事前に察知してきました。魔神ヤギナ・コ・カリトノスはその第四節にすぎません。第五節、アルティメット彗星落下の章がはじまろうとしているんです」

「……」

「ミスター・加納、あなたがやらねば世界は滅びます。あなたのマッサージが必要なんです」

「……で、猶予はどれくらいあるんですか」

「あと3時間で彗星が王国に衝突します」


 空を見上げると、雲の向こうから青白いほうき星が降ってきているのが見えた。


「いや、もっとはやく来てくださいよ」


 俺は急いで馬車に乗りこんだ。

 まだしばらくはマッサージ師を続ける必要がありそうだ。

 


  〜Fin〜

 







 


 ────────────────────────────

 こんにちは

 ファンタスティックです


 『俺だけレベルアップが止まらない』を最後まで読んでくださり誠にありがとうございました。

 最初の構想では純ダンジョン物を描こうと思っていたのですが、気がついたら加納さんが勝手にマッサージしてました。

 

 ほかにも作品を書いておりますので、作者ページものぞいてみてください!

 また絵の修行を始めました!

 近況ノートでちょこちょこ出していくので、一見してもらえると嬉しいです!


 この作品が「面白かった!」と思ってくださったら、ぜひコメントや★星をしてくださると嬉しいです!


 これからも作品を書いていきますので、作者フォローを忘れずにっ!


 またどこかでお会いしましょう。

 ではでは、失礼いたします。

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