魔神ヤギナ・コ・カリトノス
「わらわは魔神ヤギナ・コ・カリトノス。ダークスカイの使者よ、お前には聞かねばならぬことがあるようだぞ」
すべての希望は絶たれた。
1,000年間人類を守り続けてきた正義の秘密結社ダークスカイ。
結社の用意した史上最高にして最終兵器たる勇者たちすら、もはや立ちあがる気配はない。
暗黒の最奥で、エージェントGは黒い十字架にはりつけにされ、劇薬による拷問を受けていた。
「1,000年前から小賢しい連中だとは思っておったが、まさかこれほど強力な勇者を仕上げて決戦を挑んでくるとは思わなんだ」
「うぐぅぅう!」
エージェントGは苦痛にうめく。
玉のような脂汗が覆面を湿らせる。
「ダークスカイのアジトはどこにある。わらわが魔神の子を送り込んで、アルフォベータの遺産すべてを破壊してやろうぞ」
「さ、せる、ものか……っ」
「さあ言うがいいぞ。そのほうが楽になれる」
エージェントGは朦朧とする意識のなかで、視線を動かす。
地面のうえで大の字に倒れる加納豊。
芽吹琴葉も気絶しているのか、死んでしまったのか動く気配はない。
エージェントGは亡き指導者の言葉を思いだす。
ミスター・ゴッドは確信していらっしゃった。
大賢者の残した転移術式が機能しなくなる直前になって、最大最強の勇者を召喚する事に成功したと。
彼といろいろ話した。
彼を知った。善良な青年だ。
マッサージとか言って平気で殴り殺すし、突き殺すし、歩く核弾頭だし、健康食にこだわりがあるし、突然不機嫌になるし、正義感強すぎて待ち合わせに遅刻した人間をマッサージした事は数知れずの危険人物だし、世界の要人と知り合いだし、謎の仮眠習慣はあるし、人が死んでもクズ対応だし、精神構造壊れているし……上げ始めたらキリがない変わり者であるが、それでも信頼に足る人物だった。
なのに、それでも届かないというのか。
大悪魔。貴様はどれほどの力を備えているというんだ。
まさか、あの加納豊から上回る絶対者だったなんて。
「結社はもう勇者は呼べないそうではないか。ならば、お前たちの負けぞ。何をしようと勝てぬ。わらわが復活したことで影響され、わらわの意思を継ぐ者たちが現れる。いずれ人類すべてがわらわの配下になるのだぞ」
おしまいだ。
魔神の影響は強すぎる。
世界のどこかに存在しているだけで、人類にとって大きな災いとなる。
彼女はたた隠れてさえいればいい。
魔神の影響から逃れられない人類は勝手に滅んでしまうのだから。
エージェントGはそう考えると、すべてがどうでもよくなってしまった。
なんでこんなに頑張って耐えているのだろう。
どうせ負けるのに。
「……ダークスカイの本部は、王国の北の都フラグホランドの地下メイプルパークに隠されている……」
「はははっ、よろしい。賢い選択ぞ」
大悪魔は黒い剣を手に、はりつけにされたエージェントGへトドメを刺そうとする。
「仲間をこれ以上苦しませるのはやめていただけますか」
澄ました声が聞こえた。
エージェントGは顔をあげる。
大悪魔はふりかえる。
立っていた。
加納豊が。
エージェントGはハッと何かを悟り、腕時計に視線をやる
時刻は午後3時5分30秒。
加納豊は殴打のダメージで倒れていたのではない。
彼は紳士として昼寝に勤しんでいたのだ。
しかし、だからといってステータスを失った状態で大悪魔と戦うなど、無茶な事に変わりはない。
「わらわの殴打を生身で受けて生きているなど、はは、少しは骨のある勇者なのだぞ」
加納豊は「ステータス」つぶやく。
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加納豊
レベル0
HP 3,985/4,000
MP 500/500
補正値
体力 0
神秘力 0
パワー 0
スタミナ 0
耐久力 0
神秘理解 0
神秘耐久 0
装備品
『追跡者の眼』
『下僕の手記』×10
『7人の騎士』
『無限外套』
『岩竜の魂』
『握撃グリッパー』
────────────
「ミスター・加納ッ! 魔神と生身で戦うのは危険すぎます! 今は撤退してください! あなたが生きていれば未来は繋がりますっ!」
「大丈夫ですよ。今から俺は一介のマッサージ師としてではなく、加納流筆頭マッサージ師として対応させていただきますので」
加納豊は軽い調子で手首をまわし、ハンドグリッパーを一息に握りつぶした。
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