亡国の王の願い


 闘技場の奥へと進む。

 古びた扉を開けると廃墟のような場所に出た。扉が5つ並んでいる。俺が出てきたのはそのうちの一つだ。

 鉄筋コンクリートというより古代の遺跡とでも表現したほうがいい苔むした石煉瓦の通路だった。文明力を感じない場所だ。空気が明らかにかわった。本当に異世界にたどり着けたのだろうか。

 空気が澱んでいる。

 長い間人の出入りがないような、そんな雰囲気が漂っていた。

 

「あ、加納さん」


 芽吹さんが一番左の扉から出てきた。


「早かったですね。わたしも結構素早く倒せたと思ってたんですが……流石は天才マッサージ師。凡百な殺し屋んでは敵いませんね」

「深く潜ってレベリングしてただけですよ」

「あ、そういえば今何レベなんですか?」

「249」

「………………はぁ、なんかもう次元が違うという言葉のまんまですね」

「ところで、ここがどこかわかりますか?」

「はて。全然わかりませんけど? ちょっと暗いですね。遺跡かなにかでしょうか。空気感ががらりとかわりましたね」


 俺と同じような感想をのべる芽吹さん。

 

 2人であたりを見渡しても、特に変わったモノは見つからなかった。

 ので、とりあえず通路を進んでみることにした。

 あとから扉を抜けてくる者もいるのだろう。

 ただ、そいつがバトルロワイヤルを勝ち抜いた者だと考えるとあんまり会いたくないような気がした。


 通路の奥には部屋があった。

 書斎のような部屋に棺があり、その棺には「ミスター・ゴッド、ここに眠る」と書かれている。


「ミスター・ゴッド、死んでいたのか……」


 棺のフタを開ける。

 眠るミイラの手には手紙がおさまっていた。


 ─────────────────────────────────────


 勇者さまへ

 

 こんな姿で申し訳ありません。いつか現れる勇者を待つには人間の身では時間が足りないのです。最後の試練を突破せし強靭な勇者さま、これから私はお願いをします。ご用意できる報酬はすでに手に入ったことと思います。ただ、その報酬は現状のままですと期限がございます。この世界の滞在は大悪魔の討伐なくしては1年を限度としておりますので。


 私の願い、それは先に述べたとおり、大悪魔を倒すことであります。かの大悪魔は我が祖国を滅亡させ、悪虐の限りを尽くしました。大悪魔は未来の世でも大きな脅威であり続けていると思います。少なくとも、あなたがここに呼ばれている以上はまだ大悪魔は生きていて、人々は苦しめられているはずです。


 勇者さま、ミスター・ゴッドには異世界に来たいという願望を持つ人間を異次元の彼方より招致するように言いつけてありました。あなたは異世界に来たかったはずです。もしこの召喚行為にすこしでも恩を感じているのならば、最も繁栄した人間の国へ赴き、そこで大悪魔打倒を目指してほしいです。


 私の指輪を持っていってください。あなたが勇者さまだと分かれば、きっと我が遙かなる子孫たちは丁重に歓迎してくれることでしょう。

 

                         亡国の王アルフォベータより


 ──────────────────────────────────────


 手紙をたたみ、ミイラの指を見やる。

 確かにリングが嵌っている。

 右手に5つ。いろあせた金色でちいさな宝石細工があしらわれている。

 アイテム名の表示を見ると『王の指輪』となっていた。

 ひとつ取ってポケットにしまった。


「1年以内に大悪魔を倒さないと元の世界に戻されちゃうんですかね?」

「そういう意味でしょうね」


 ここが異世界という推論は当たっていたようだ。

 そして、永住できないという最初の発言も正しくそのままだ。


 ミイラを見つめる。

 アルフォベータ王。

 ずいぶん長い間、最後の試練を突破できるだけの実力者を待っていたようだな。

 指輪が5個すべて残ってるところを見れば、おそらく俺と芽吹さんが初めての勇者なのだろう。


「あとは任せてくれていいですからね」


 芽吹さんはミイラから指輪をひとつ取って、優しく亡骸にささやいた。

 そんな優しい言葉をかけてあげられるのに、なんで殺し屋なんかやってるんだろうか。


「他にも通過者がいるかもしれないですけど、これと言ってチームプレイを要求されてる訳じゃないです。こっちはこっちでやりますか?」

「ですね! 行きましょう、加納さん。いざ異世界へ!」


 石室を抜けて進むと遺跡の出口を見つけた。

 さあ、冒険をはじめよう。

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