世の中的には良い稼ぎ



 『追跡者の眼』で足跡を追いかける。

 いた。クリスタルコロガリムシ。

 倒したら魔力クリスタルを2つドロップした。

 運が良ければ2つ。悪くても1つは落ちる。

 資源ドロップに関しては、確実に手に入るらしい。


「す、すごい……なんで指で突いているだけなのに……というか、なんであんな綺麗な光になってるんですか?」

「加納さんはマッサージ師ですからね」

「マッサージ? 武術の類でしょうか?」

「どちらかと言うと一子相伝の暗殺拳でしょうね」

「マッサージってすごい強いんですね!」


 世の中がマトモなら絶対に聞かないセリフだな、と思いながらまたモンスターを倒す。

 その後も、俺はダンゴムシを、じゃなくてクリスタルコロガリムシをマッサージし続けた。


 ──2時間後


「あらあら、こんなにたくさん出してぇ、すごい大きい〜、これなんてとっても硬くて太いですよぉ」


 ルーヴァはポーチいっぱいになった魔力クリスタルを見て、頬を染めて嬉しそうに言った。

 サドゥは「な、なにこれ……凄すぎる……」と言葉を失い、リィは「さすがはカノウさんですっ!」と鼻高々に言っている。


「こんなポーチではなくて、もっと大きなカバンを持ってくればよかったですねぇ」


 ルーヴァはもう入らなくなったポーチを撫でながら、ちょっと哀しそうに言った。


「もっと、たくさん、たくさーん、入れてあげたいのにぃ」

「一旦戻りましょうか。2階層への道も見つけましたし、しばらくはダンジョンもこのままでしょう」


 というわけで、いろいろ作戦を練り直すために俺たちはダンジョンハウスへと戻った。


「もう帰ってきたか。どうだね、初めてのダンジョンは」


 ハウスマスターは書き物をする手を止めて訊いてくる。

 

「楽しいですよ。モンスターも愛着が湧く見た目ですし、存分にマッサージする気になります」

「言ってる意味がわからんが、まあ、楽しんでいるならヨシ。それで、何か収穫はあったかね? 魔力クリスタルがあればこちらの窓口にて、市場適正価格で買い取ろう。アーティファクトもあれば査定しよう。まあ見つかっていないと思うが、天文学的な確率を引いた可能性がないこともないからね」


 ルーヴァに目線を送る。

 彼女は大変嬉しそうにポーチをハウスマスターの前に置いた。


「……え? これ全部いまの探索成果なのかね? 嘘だよねぇ?」


 ハウスマスターは目を丸くして「えぇと、えぇ、困ったねえ……」と、動揺を隠さず、とりあえずひとつずつ査定し始めた。


 小さな魔力クリスタル×59個

  500×59= 29,500マニー

 魔力クリスタル×17個

  1,000×17=17,000マニー


 合計 46,500マニー


 実働2時間の収入としては結構良いのではないだろうか。

 ひと突き1億円の男だったので、それほど高い稼ぎには思えないが、世の中的にはかなりいい仕事だろう。


「凄いですね、加納さん! こんなに稼げちゃいました!」


 芽吹さんは素直に喜んでるご様子。


「あれ? 加納さん嬉しくないんですか?」

「嬉しいですよ。ただ、素直にはしゃいでる芽吹さんが子どもみたいで可愛らしいと思って」

「そ、そういう意味の眼差しだったんですね……だって、2時間で4万6,000円ですよ? 時給2万円3,000円じゃないですか? すごくないですか?」

「100年も続いた殺し屋の末裔なら、一仕事で100億円くらいで依頼を受けていたりしないんですか?」

「いや、受けませんよ、普通に。どこの世界線ですか」


 思ったより殺し屋さんは稼いでないらしい。


「それに私が仕事をしても、報酬は全部家に入っていましたね。依頼人はわたしじゃなくて芽吹家に依頼して、芽吹家が依頼に最適な殺し屋を選ぶ感じなんですよ。わたしは芽吹印の殺し屋の1人にすぎないんです」


 芽吹さんの得意仕事はたぶん殲滅制圧だろう。なんとなくだけど。


「だから、わたしは仕事でお金をもらったことがないんです」

「芽吹さん気づいてないかもしれないですけど、めちゃくちゃ搾取されてますよ」

「気づいてます。だから、欲しい物を買いたい時は時給1,000円のコンビニアルバイトしてました」

「圧倒的才能の無駄遣いでは?」


 芽吹さんがなぜ異世界へ来ようとしたのかわかった気がする。


「カノウさん、大きなカバン買ってきましたよ!」

「魔力クリスタルは私たちにお任せくださぁい」

「どんどん倒しちゃっていいのですよっ!」


 ゲールズ三姉妹がダンジョンハウスで装備を整え、魔力クリスタル運搬要員にジョブチェンジを完了した。


「待ってもらおうか、君たち」

「なんですか、ハウスマスターさん」

「本当にカノウ君とメブキ君が倒したモンスターの資源ドロップであるという証拠が欲しい」

「証拠ですか」

「私を同行させてくれ。不正がないか見極めなくてはね」

「不正ですか。疑っておられるようですね」

「疑わしきは疑わしいから疑えと言うだろう」


 まずは、その頭の悪そうなことわざなんで生き残ってこれたのか疑いたい。


「いいですよ。でも、もし不正がなかったら?」


 俺はハウスマスターへ一歩詰め寄る。

 ハウスマスターは喉を鳴らして「不正がなかったら?」と聞き返してくる。


「疑ったのなら戦争です」

「……なるほどね。こちらも天秤の端になにかを乗せろと言うわけか」

「もし不正がなかったら2階層までの探索許可、いや、5階層、いや、10階層までの探索許可を確約してもらいますよ」

「ッ?! じゅ、10階層だって? 馬鹿なことを! ズブの素人が挑める領域ではない!」

「実力を見てもらえばわかります。ね、芽吹さん」

「ふん、いいだろうね、ならば君たちの実力を見せてみたまへ。だが、忠告しておくからね。ダンジョンは甘くない、特にこのA級ダンジョン『結晶ダンジョン』はね!」


 ──2時間後


「流石はカノウ君だ。指先ひとつで解決するとは。うん、私の見込んだ通りの男だよ、うん、10階層までの探索許可をだそうじゃないか」

「即落ちでしたね、加納さん」

「即落ちですよ、芽吹さん」


 ハウスマスターはチョロかった。

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