結晶ダンジョン


 ダンジョンハウス。

 冒険者ギルドが管理するダンジョンを塞ぐように作られた簡易要塞のことだ。

 ダンジョンから出てくる存在を押しとどめ、また攻略家──主にダンジョンを専門にしている冒険者──がダンジョンへ勝手に入って利益を獲得するのを防ぐ。


 ダンジョンハウスにはたくさんの攻略家がいる。

 みんな冒険者だ。

 

「おや、ゲールズ団じゃないかね」

「お久しぶりです、ハウスマスターさん!」

「久しぶりだね、サドゥ君。ついに結晶へリベンジに来たのかね」


 サドゥが話しているのは、優しそうなおじいさんだ。

 攻略家たちの採掘したアーティファクトや資源を回収する窓口係のようである。

 

「今回はすごい助っ人を連れて来たんです!」

 

 サドゥに手をひっばられ、ハウスマスターとやらの前へ。


「なんと屈強な青年かね。君の名は?」

「加納です」

「ほう。して、こちらの愛らしいお嬢さんは?」

「芽吹です。よろしくお願いします」

「うむうむ、礼儀正しくて結構。では、ダンジョンについての説明を」

「「大丈夫です。だいたいわかってます」」

「む? そうか? それじゃあ、ギルドカードを見せておくれ。手続きがあるのでな」


 透明のカードを渡す。

 返ってきたカードには『探索許可:1階層』と書かれている。


「1階層しか探索してはいけないのですか?」

「もちろん。初心者がいきなり2階層に行こうとして死んでいくのを何度も見て来たからね。みんなひとつずつ降りて行くんだ。カノウ君とメブキ君が頑張れば来月には2階層にいけるかもしれないね」


 たぶんだが、もっと行けると思う。

 

「ダンジョンは足を踏み入れるたびに様相を変化させる神秘の迷宮だ。さあ、若者たちよ、ロマンを求めて頑張ってくれ」


 取りつく島もなく送り出されてしまった。


「どうすれば、より深い場所まで潜る探索許可をもらえますか?」

「ハウスマスターに実力を認めてもらうしかないですよ。でもカノウさんとメブキさんは英雄級の実力者なのでそんな難しい事ではないと思います!」


 サドゥに励まされ、俺たちは結晶ダンジョンへいざ潜ることになった。

 ダンジョンハウスから革の鎧を借り、回復ポーションなども一式買い揃えた。

 一応着てみたがピチピチすぎてマッスルのバスキュラリティがクリアになってしまった。

 あまりにも筋肉が強調されすぎて、芽吹さんには「肩にちっちゃい重機乗せてるんですか?」と静かにつっこまれてしまう始末だ。

 

「ダンジョンにはそれなりに慣れているので、案内してあげますね」

「でも、カノウさんたちに私たち程度の案内が必要でしょうかぁ」

「いいんです、お姉ちゃんもサボらないで戦ってくださいよ」

「カノウさんたちなら10階層くらい行けそうだと思いますっ! ハウスマスターさんを説得しましょうっ!」


 姉妹達の中に若干の不和が生じつつある。

 わちゃわちゃしていると、モンスターが現れた。

 全身クリスタルに覆われた膝丈高さの巨大ダンゴムシだ。

 

「ていや!」


 サドゥがハンマーで叩き潰す。

 さらにもう一回、持ち上げて叩く。

 ルーヴァも混ざって叩く。

 リィは「えいっ!」とトンカチみたいなのでダンゴムシの顔をコツコツ叩いていく。

 やがて、モンスターは黒い液体に変化して溶けて床に染み込んでいった。


 やっぱり、ダンジョン内だと溶けるらしい。

 となると──、


「結晶ダンジョンのクリスタルコロガリムシは打撃系の攻撃以外効かないんですよぉ」


 ルーヴァが「ふぅ」と胸元をパタパタしつつ、一仕事終えた風に言う。

 なんとなく胸元に視線が吸い寄せられていると、芽吹さんが腕を引っ張って「モンスターが!」と遠くを指さして言ってきた。


 見やれば「どうですか! なかなかやるでしょう!」と誇らしげに胸を張っているサドゥの背後から、ダンゴムシが──ルーヴァいわくクリスタルコロガリムシが迫って来ていた。


「失礼しますよ」

「え?」


 踏み切り、サドゥのもとへ移動して、ちいさな肩をぐいっとこちらへ引き寄せる。

 飛びかかって来るクリスタルコロガリムシ。

 俺の眼力が狂いなくダンゴムシの秘孔を見つけ出した。

 「そこだ」秘孔を狙い、正確に疲労回復秘孔を放つ。


 クリスタルコロガリムシは光の粒子となった。


「大丈夫ですか」

「ぁ……はぃ」


 サドゥは腕のなかでぽんやり見上げてくる。

 無事ならよかった。


「ぅ、ぅう、私、カノウさんに良いところ見せたくて……こんな無茶を……」

「カッコいいところ十分見せてもらいましたよ」

「ぅぅ、カノウさん……好きぃ、です……」

「なんで良い雰囲気になってるんですかね。はやく離れてくださいよ、加納さん、セクハラですよ」


 芽吹さん、スカートから無意味にマチェーテを手に取ってみるのやめてください。


「ダンジョンのことはよくわかりました。皆さん、普段は剣を使っているようですし、殴打武器を使い慣れていない様子です。その点、俺と芽吹さんにはダンゴムシでも戦える武器があります。ここは任せてもらえますか?」


 彼女たちに言い聞かせてると、みんな素直に納得してくれた。


「ん? これは?」

「あっ! これは魔力クリスタルなのですっ! しかもちょっと大きいから、きっと1,000マニーくらいの価値があるのですよっ!」


 綺麗な青色の結晶体。

 これが魔力クリスタルか。

 これ一個で1,000マニー、つまり1,000円。


「す、すごい、これ一個で一時間分のアルバイト代が……!」


 芽吹さんは目をキラキラさせている。

 

 俺は通路のうえに視線を滑らせた。

 赤い足跡がそこら中にある。モンスターの足跡だ。

 『追跡者の眼』は結晶ダンジョンでも役立ちそうだ。




 

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