太古の部屋


 攻略部隊はS級冒険者を筆頭に、続々と結晶ダンジョンへ突入していった。

 攻略家たちの後ろから騎士団がついていって、物資の補給地点をつくっていく。

 さらに冒険者ギルドの十八番の一級アーティファクト『猶予の砂時計』を使われた。

 これはダンジョンの構造変化は7日~10日のランダムではなく、確実に10日にするアーティファクトだ。


 『第二回ゴールドラッシュ』は破竹の勢いで進められた。

 多くの攻略家たちが日夜とわず攻略に挑むことで、凄まじい速度で攻略されていった。

 ソロでの最高到達階層、カリクレータの18階層の記録は3日で破られ、7日目には攻略家たちは26階層へ到達していた。

 ダンジョン内へ魔導砲をもちこむことで、高階層のクリスタルコロガリムシであろうと、木っ端みじんに吹き飛ばして進んだ。

 しかし、流石に29階層に来ると、電光石火の勢いすら、クリスタルの甲羅の前に止められてしまった。


「魔導砲が効かないだと!?」

「撤退だアアあああ!!」


 最前線の攻略部隊ははじめて敗走することになった。

 

「そういえば、ボスを見ませんよね」

「ああ、たしかに」

「本当なら10階層と20階層にそれぞれいるはずなんだが……」

「なんでいないんですかね」

「……なんでだろうな」


 談笑をする攻略家たちのもとへ巨大な影が近寄ってくる。

 2人組の男だ。

 ひとりはデニムのオーバーオールを着こなす超肉体の持ち主。

 ひとりは黒ぶち眼鏡をかけた白衣の男だ。


「あ、あれは……っ!」


 物資補給基地で休んでいた攻略家たちがざわめく。


「S級3位のマンチェストとS級10位のカリクレータだ……」

「す、すげえ、本物じゃねえか……」


「やはり、ボスは彼らが倒していったようだ! 流石は我が生涯で最もご機嫌最高絶好調な勇者たちである!」

「筋肉の攻略家とうたわれるあなたがそこまで言うなんて、実に興味深い。いったいどんな男なのか、カノウ、メブキ……」


 S級冒険者たちの間でも、『カノウ』と『メブキ』の名前は謎のルーキーとして、広まりつつあった。


 ──その頃、当の本人たちは40階層にて最深領域に到達していた。


「『アビスボス:深淵の漫画家志望』……おそろしい敵でしたね」

「はい」


 加納豊は傷ついた芽吹琴葉へゴッドフィンガーと疲労回復秘孔を打ち、癒してあげた。

 仲間は何があろうと死なせない。

 加納の信条である。

 

「暗黒の迷路になったということは、あと5階層で最深部ですね」


 41階層に降りてきた加納と芽吹。

 そこで骨と皮だけの老人を発見する。

 

「あのジジイきっと強いんでしょうね」


 芽吹さんが億劫そうに言った途端。

 ジジイの姿が掻き消えた。


 「キエェェェエッ!」甲高い奇声がドップラー効果で遅れて聞こえてくる。


 ジジイは疾風のような速度で、芽吹の背後を素早く取った。

 汚らしくも鋭利な爪で八つ裂きにしようとしてくる。

 だが、芽吹はもはやかつての殺し屋ではない。

 

 マチェーテで爪を叩き斬ると、続く二撃目でジジイの首を叩き斬ってしまった。


「わたしはもう誰にも負けませんからね。あ、加納さん以外で」


 だが、41階層のジジイはただのジジイではない。

 首無しのまま、反撃してくるではないか。

 息を飲む芽吹。

 迫る残酷。

 ピンチを助けるのはマッサージ師だ。

 

「みんなとりあえず俺を無視するんですよね」

「キエエェェェエ──」

「シャットアップ」


 ソーセージのように太い指先が、ジェントルな指圧をくりだした。

 ジジイの波動秘孔を一突き。

 ジジイは途端に気持ちよくなってしまいビクンビクン痙攣逝きして昇天し光になった。


「ありがとうございます、加納さん。また救われてしまいましたね。いつも迷惑ばかり……たぶんわたしが弱そうだから狙われるんですよね」

「芽吹さんは可憐ですから。狙われるのは仕方のないことです」

「最近ちょっとわたしの好感度稼ごうとしてますか?」

「え? いいえ、まさか。芽吹さんの好感度稼いだらなにか良いことありますか?」

「ちょっとは動揺して欲しいですけどね」


 なんかちょっといい雰囲気になりながら、2人は6時間を残して45階層にたどり着くのだった。

 

「よくぞここまでたどり着いてくれました」


 どこからともなく声が聞こえた。

 エージェントなGの声だ。


 加納豊は胸ポケットから黒い虫に変身したエージェントGを取り出す。

 エージェントGは自前の能力で、さまざまな環境に潜入することのできるスーパー工作員なのである。ゆえに虫になるくらい朝飯前だ。

 

「さて、残り一階層となれば、もはやこちらのものです」

「エージェントG、何をするつもりですか」

「超一級アーティファクトを使います」


 エージェントGはそう言って、胸ポケットからクラッカーを取り出すと、パンっと鳴らした。


「ボス部屋はあっちです」

「どういうアーティファクトですか、それ」

「秘密結社ダークスカイがA級ダンジョン『摩天楼』から採掘した『閃きの音』です。次の階段の位置、ないしはボス部屋の位置がわかります」


 数が限られているらしく、ここぞというダメ押しの時しか使えない貴重な消耗品らしい。

 エージェントGの助力を受けて、加納と芽吹は45階層を10分で踏破して、最後の場へたどり着いた。


 黒く大きな鳥居がある。

 しかし、霧はなく、ボスの名前の表示もない。

 普通に通り抜けられる鳥居だ。


「エージェントG、これは大丈夫な状態ですか?」

「情報通りです。大悪魔の封印はボス部屋のギミックの流用で成り立っていると言われていましたから。かつての大賢者たちはアビスボスを依り代にして大悪魔の封印式を構築したのでしょう」


 暗黒のドームの真ん中。

 淡い光に包まれ、それは蠢いていた。

 暗く大きな闇を内側に抱え込み、暗黒に鈍く輝き、胎動する有機体。

 高さ数十メートルの円柱にくっつくようにして存在している。

 エージェントGは手記の情報と吟味して見比べて「これで間違いありません」と確信したようにうなずいた。


「この胎動こそ、大悪魔の命の鼓動そのものです。ミスター・加納、ミス・芽吹、やりましょう」


 芽吹はマチェーテを制服で磨き、加納は握力1950kgないと握れないハンドグリッパーで指を温めて「行きますか」と澄ました顔で言う。

 ちなみにハンドグリッパーはさっき40階層の『アビスボス:深淵の漫画家志望』を倒したらドロップした深淵アーティファクトである。

 

 大悪魔との戦いがはじまる。

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