ひとつの別れ
森をトボトボ歩いて結晶ダンジョンの町エスタへ戻ったきた。
「あ、加納さん!」
芽吹さんが明るい笑顔で手を振ってやってくる。
「クリスタルコロガリムシはどうなりましたか?」
「しっかりマッサージしましたよ」
「つまり殺したんですね! よかったです!」
「マッサージです」
芽吹さんを連れて宿屋に戻る。
ゲールズ姉妹が宿屋のロビーで待っていた。
「カノウさまぁ!」
「カノウ様、ご無事でしたか!」
「流石はカノウ様、逃げ出したクリスタルコロガリムシも倒したのですねっ!」
「なんとか倒せました。なかなかに手強かったですけど」
思うのだが、モンスターたちってダンジョン内だと実力を発揮できていない気がする。
24階層のクリスタルコロガリムシより、23階層の子のほうが、かなりアグレッシブで、ヤバい動きしていたし、
クリスタルコロガリムシの実力を発揮するには、ダンジョンは狭すぎる。
本当は飛んだり跳ねたり、高速で森を蹂躙したりするくらいの機動力を持っているのに、それを活かせていない。
まるで彼らが、無理やりダンジョンに閉じ込められた結果、能力を制限されてしまったかのような、チグハグさを感じさせる。
「カノウ様、これまでありがとうございました」
「妹たちの命を助けてくれて、感謝しても仕切れませんよぉ、本当にありがとうございます、カノウさまぁ」
「カノウ様と一緒に攻略できたことはゲールズ家の誇りなのですっ!」
俺と芽吹さんはゲールズ姉妹にそう告げられ、これまで稼いだ報酬を渡された。
24階層で命を助けたお礼らしい。
「それとたくさんご迷惑をおかけしてしまったことへの、ほんの気持ちです」
ルーヴァは薄く微笑みながらも、どこか申し訳なさそうに言った。
サドゥとリィの顔を見てもそうだ。
皆が遠慮した、あるいは切なさを宿したような表情だった。
足手まとい。
きっとそんなことを考えていたのだろう。
現実的に俺たちと彼女たちでは、いささか以上に差がある。
これはいい機会かもしれない。
「でも、これは受け取りませんよ」
俺はそう言って、笑みをつくり、革袋をかえした。
「で、でも、カノウさまたちにはやるべき事があるのですよねぇ……私も妹たちも、せめてそのお役に立ちたいですぅ……」
「もう十分いただきました、ありがとうございました、ルーヴァさん、サドゥさん、リィさん」
彼女たちのおかげでたくさんのことを学べた。
彼女たちとの時間はこれからの冒険で、必ずは有意義なものとなるだろう。
「行きましょう、芽吹さん。俺たちにはやらなくてはいけないことがあります」
ここが分岐点なのは変わらない。
だからだろう。
俺は心優しい三姉妹のなかで、良い人として記憶に残りたかった。
宿を離れ、ふと振り返ると、三姉妹が大きく手をふって見送ってくれていた。
仲間たちに別れをつげた俺と芽吹さんは、その足でダンジョンハウスへやってきてみた。
町の雰囲気と、冒険者ギルドの慌ただしさから察していたが、どうにも今は平常ではないらしい。
「通常業務は受けていないようですね、加納さん」
「そうみたいです。ダンジョンも完全封鎖されてしまったようです」
エスタでこれ以上稼ぐことはできなそうだ。
仕方あるまい。
もともと、長居する気などなかったのだ。
ゲールズ姉妹との別れのように、この町を離れる時が来たのであろう。
「加納さん、行きましょう、次の町へ」
「はい」
旅のために必要なものは姉妹に教わっていたので、貯めたマニーで道具をそろえて、馬を買い、俺たちはエスタの町をあとにした。
行き先は決まっている。
目指すのはジェスター王国の王都だ。
一番栄えている国の王に会い、亡国の王アルフォベータの依頼──大悪魔討伐を完遂する。
「待ちたまへ」
「あなたは誰ですか」
エスタの町を離れようとした途端、なぞの覆面男に呼び止められた。
というか、覆面男が町の入り口で待っていたと言ったほうがいい。
「私は秘密結社ダークスカイのエージェントだ。Gと呼んでくれ」
「あ、素直に答えてくれるんですね」
秘密結社ならもっと正体隠してほしい。
「とある情報筋から『伝説の勇者がきた! 今度の勇者の中に超ド級のバケモノがおる!』とのタレコミを手に入れ……まあ、とにかくお前たちの正体を知っている者と判断してくれて構わない」
ほう。
「結晶ダンジョンはあとまわしだ」
「え? あとまわし?」
「ダンジョンは正常な状態で攻略しないと意味がない。ルール違反をすれば最奥アーティファクトは凍結され、大悪魔への道は閉ざされてしまう」
「あ、あなたは何を知っているんですか! 加納さん、あの人捕まえたほうがいいですよ!」
「『岩窟のダンジョン』へ行け、そこが君たちの次なる目的地となる。そして、最深部を目指すのだ──」
エージェントGはそう言うと、霧となって消えてしまった。
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