待ちわびたぞ、勇者

 

 俺たちは明らか間違えたタイミングでここを訪れたのだろう。

 あるいは決定的瞬間に立ち会ったと言うべきか。

 

 光の宿っていない虚な瞳の少女は、王らしき初老の男の首に手をまわしている。


「貴様らは何者だ」

「それより、あなたは何者ですか。できれば、国王だなんて答えてほしくないんですが」

「残念だが、私はジェスター王国国王ヘリングスである、して、いったいどんな了見があれば、国王の執務室へ無断で立ち入るのだ。見ての通り、妻との性交渉の最中であるぞ」


 ええ、まじかよぉ。

 どうすんのこれ。

 芽吹さんを見やれば、特に気にした風な顔はしていない。


 とりあえず、勇者としての立場を明らかにしようか。

 

 アルフォベータ王の石棺から取得した指輪を、ジェスター王に見せる。


「俺とこの女の子は、異世界より招致に応じて参上した勇者です。我々がここにいると言うことは、大悪魔は健在だと言うことでしょう。我々はその大悪魔を倒すために来たんです」

「っ、ぉぉ、来たか、ついに」


 王は少女を抱きかかえたまま、ぼそりとつぶやく。


「君たちが60回目の転移者……つまり、最後の勇者なわけだ。君たちさえ死ねば、魔神さまは敵をすべて滅ぼしたことになる」

「なにを言ってるんですか」


 ジェスター王は少女を強く抱きしめ、その首にかぶりつく。すると、少女は痙攣し始め、やがてぐったりと動かなくなった。

 声すらあげずに死んだのだ。

 ジェスター王は少女の生き血をすすっているようだった。


 芽吹さんがマチェーテを手に取る。

 俺は腕でそれを制する。


 何が起こっているのか確かめる必要がある。


 ジェスター王は立ちあがり、たくましくなった下半身のソレを隠すことなく、こちらへ近づいてくる。

 瞳は紅く、牙が鋭くなっていく。


「私は魔神さまの忠実ならシモベ。ジェスター・ヘリングス・テンタクラーサ・サード。賢者どもの仕掛けた未来の希望を絶やす者だ」

「魔神さまというのは、大悪魔のことですか」

「はは、大悪魔など恐れ多い呼び方だ。彼女はすべての神秘を束ねる超越的な魔神なのだから」


 大悪魔=魔神=彼女(?)


 厄介なことになっているようだ。


「どうして人間を裏切ったんですか。そんな怪物にまでなって。アルフォベータ王の約束はどうなったんですか」

「何も知らずにノコノコ現れた異世界の勇者よ、ここで死ぬがいい」


 ジェスター王は全身を黒く染めていく。

 筋骨が太く、凶悪なカタチに変形していき「この時を待っていたぞ、勇者」と叫びながら、完全体へ変身を遂げた。


「見よ、この完璧な肉体を! 永遠に滅びず、脆弱の者を一撃で殺せる本当の力だ!」


 体長3m、太い腕が4本に増え、翼と尻尾も生えて、顔からはギザギザの牙が突き出すように生えている。


 人間をやめ、怪物となり、永遠の命と強力な力を手に入れた。


 それがその姿か。


「今の私の力は20階層の怪物だろうと一捻りにできるほどだ、どうだ、恐ろしいか、勇者!」

「この自信、まさかジェスター王は、加納さんと同じ領域の力を……?」


 芽吹さんは鬼気迫る顔つきになった。

 

「これだけの自信、異常ですよ。加納さん、ここは一旦引いた方がいいんじゃ──」

「いいえ、倒します。この外道には1発マッサージしないと気が済みませんから」


 芽吹さんは床の上で冷たくなっている少女を見やり「そうでしたね。加納さんは変態ですけど、やるべき時にやる正義の紳士でしたね」と誇らしげにした。


「はははっ、愚かな勇者どもよ、絶望するがいい、お前たちの冒険は魔神さまにすら会えずに、この部屋で終わるのだ!」


 クソカス外道バキバキ変態野郎はそう言って突っ込んできた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る